第一章 一話「焼け付く痣」
ズドン!
静寂が支配する小さな空間に重く打ち付ける音が突如として響き渡った。
それと同時に小さく軽やかな声が微かな呻きを上げた。
「……うぅぅ……いったぁ……」
背中のヒンヤリとした感触と押し寄せる鈍痛から「神代ユイ」の一日が始まる。
生来の寝相の悪さは依然として改善することはなく、今日までゴミの散乱する床の上で大の字になりながら朝を迎えている。
(うあああ……。また嫌な一週間が始まったぁ~)
とはいえ、それも幼い頃からの日課であり、当然ベッドから落ちることにもすっかり慣れてしまっていた。
(学校なんていきたくな~い。今日はズル休みしようかなぁ?)
土日の二日間を散々遊んで過ごしたにも関わらず、染みの付いた天井を見つめながらユイは稚拙かつ姑息な策を練る。これは、休み明けの日課である。
しかし、それすら面倒臭くなるのか途中で眠ってしまい、起きたときには一体何を考えていたのかキレイさっぱり忘れてしまう。これも日課である。
全てがいつも通りのはずだった。そう、昨日までは……。
(…………ん?)
普段はだらしなく床に吸い付いているはずの右手に「ある違和感」を感じた。視線を移すと何故か異様な固さで握り締められていた。
それだけではない。まるで火傷でもしたかの様なヒリヒリとした痛みに加えて、奇妙な形をした痣がユイの手の甲にうっすらと現れていた。
(なによ……コレ。どこかでぶつけた……?)
そう考え、寝ぼけ眼で昨日までそこには無かったはずの痣をボーっと眺めるユイを余所に朝を告げる不快な電子音が無防備な彼女の鼓膜を槍の如く貫いた。
それは瞬く間に脳へと鋭く入り込み、その中で激しく乱反射しながら半ば眠っているユイの意識を強引に起こそうとした。しかし、いつもの苦痛に反応した左手が意図も容易くその根源を黙らせた。
(やっぱり気になる。ひょっとしてヤバい病気……?)
いつもならこの後、再び心地好い眠りへと落ちて遅刻ギリギリまで朝寝坊するというのがお決まりのパターンだった。しかし、右手にまとわりつく痛みと浮かび上がった痣に対する不安感がそれを頑なに阻んでいた。
突然現れた説明のつかない異変はそれまで微睡んでいたユイの意識を強制的に覚醒させた。
それと共に眠気で開けることすら面倒だった瞼も軽くなっていく。だが、眠りを邪魔されたことで中途半端に目覚めた身体は普段より何倍もの疲労が残っていた。
「ああーんもぉー、ムカつく……」
カーテンの隙間から差し込まれた朝日が辺りを優しく照らす中、ユイは足の踏み場も無い床からのそのそと起き上がった。そして意味もなく一人で呟きながらその場で苦々しくパジャマを脱ぎ捨てると、二日前から無造作に脱ぎ捨てられていた制服とスカートを拾いあげた。
第一話をお読み下さいまして誠にありがとうございます!
何だか問題のありそうなこの女の子、神代ユイが本編の主人公です。
物語はまだ始まっていませんが、この第一章につきましては、ユイという少女の人物像とまた彼女を取り巻く周囲の人間との関係を描いていく予定です。
引き続きご感想は受け付けております。