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RUN WITH WOLVES  作者: HINO
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7/19

――空白――

 秋山獅道との接触を終えた後、自宅へと戻った僕はすぐに寝室へと向かい、服も着替えずに横になった。きっと自分でも知らず知らずのうちに気疲れをしていたのだろう。考え事をする暇もなく寝入ってしまっていたようで、次に目覚めた時には、日がずいぶんと高い位置にあった。


 時刻は午後十二時三十分。


 枕元の時計が示す時刻を見て、僕は嘆息を零した。


 休日にだってここまで寝入らないのだが……。


 僕はベッドの上で上体を起こし、辺りに目を遣った。部屋の中に彼の姿はない。ならば、きっと書斎だろう。


 ベッドから立ち上がり、書斎へと向かう。斜陽が照らす廊下には僕のスリッパの音のみが響く。嫌に静かだ。


 書斎の前に着いた僕は、木製の扉を開いて中に入る。すると予想通り、僕のボディーガード――イノセント・ゴールドウルフが、窓際からじっと外を眺めている姿が目に映った。僕の前でもその身を隠す外套を取ることはない。口数も少なく、必要最低限のことしか話さないために謎も多いが、僕は彼を信頼している。


 なぜなら、僕の戦う理由を、何も聞かずに受け入れてくれたからだ。


 「イノセント」


 僕が書斎の入り口の方から声を掛けると、イノセントはわずかに体をこちら向けて振り返った。


 「今朝はありがとう。君のおかげで、秋山獅道と無事接触することができた」


 顔を俯かせながら、無言で僕を見るイノセント。


 何も言わない。


 これが彼のアイデンティティーだと知った今では、何の問題もなくやり取りができる。初めはやはり戸惑ったが、今では心地よさすら感じる。


 「今から昼食を作るからゆっくりしていてくれ。僕だけ休んでしまっていたみたいで、悪かったね」


 「……構わない」


 抑揚の無いで声でイノセントは言う。感情の断片すら感じさせない声。これも彼のアイデンティティーなのである。


 「じゃあ、ご飯の支度ができたら呼ぶよ」


 そう言って僕は書斎の扉を閉めた。寝室と書斎がある二階から階段を下り、それから一階のリビングへと入る。リビングのテーブルの上には、今朝帰って来た時に僕が放ったのであろう携帯電話が横たわっていた。


 見ると、着信を知らせるライトが点滅している。


 「会社には昨日連絡したはずなんだがな……」


 無断欠勤扱いされたのではないかと不安に思い、無意識の内に独り言を漏らしてしまった。しかし、本当にそうであるなら結構な問題だ。


 テーブルまで歩き、携帯電話の画面を開くと、数件の着信履歴が映し出された。僕はそれを見て、ほっと息を吐いた。


 「唯か……」


 甘咲唯(あまさきゆい)


 僕の恋人であり、婚約者。


 年は二つ下で、会社の後輩として入社してきた彼女に、僕は恋をした。可憐でしっかり者の彼女に、段々と惹かれていったのだ。だが、彼女と今の関係になる前までは、告白はしない、そう決めていた。彼女に好意を抱く人間はたくさんいて、僕にはきっと、叶わない恋だから。いつもそう自分に言い聞かせていた。けど、そうは思いながらも、僕は日増しに、彼女をはっきりと好きだと感じるようになっていった。


 あれは出会いから半年が経った頃。


 彼女の方から、ずっと僕に好意を抱いてくれていたのだと、告白してきてくれた。


 あの時の嬉しさは言葉にできない。


 忘れられない。


 僕も好きでしたと伝えた時の彼女の顔もまた、やっぱり、ずっと忘れることはできないだろう。


 それから交際は順調に進み、五月にお互いの誕生日を迎えたら、僕たちもとうとう結婚だ。


 僕は二十七、彼女は二十五になる。


 式場の準備も済んでおり、あとは指輪を渡すだけ。


 僕は携帯電話に映る唯の名前を見ながら、過去、そしてこれから迎える未来のことを考えた。


 この戦いが終われば、平穏が手に入る。温かい、僕たちの平穏が……。


 自然と頬が緩むのを感じながら、僕は着信履歴から唯に発信した。


 『……もしもし?』


 わずか二回の呼び出し音の後、電話口から唯の声が届いてくる。


 「やあ。急にごめんよ。電話、どうしたんだい?」


 『ああっ! 質問したいのはこっちだってば! 朝会社に来たらいないんだもん。私に何も言わずに休むだなんて、どうしたの?』


 「ああ、それは……」


 真実は言えない。決して語ることはできない。


 「少し体調が悪くてね。すまない。心配をかけた」


 『体調が悪いって……大丈夫なの? 私、今晩様子見に行くよ』


 心配そうな唯の声に、胸が苦しくなる。


 「ただの風邪だから心配しないでくれ。それに、移してしまうと悪いから、家には来なくていいよ。気持ちだけで十分だ、ありがとう」


 『……でも』


 「唯、本当に大丈夫だから」


 『そっか。なら、しんどくなったら言ってよ? 私、すぐに行くからね』


 「うん。ありがとう」


 『……じゃあ、仕事中だから切るね。今日はゆっくりしててよ? ばいばい』


 「ああ。また」


 彼女が電話を切ったのを確認し、自分の携帯電話を耳から離す。


 「……嘘なんてつきたくなかったなあ」


 僕は彼女のことを愛している。


 彼女のいる日常を愛している。


 この平穏を守るためなら、僕は何だってする覚悟がある。誰かがこの平穏を奪おうというのなら、そいつを殺すことだってできる。


 そう、秋山獅道。僕は君を最初に排除するよ。同盟を裏切ろうという魂胆は目に見えている。


 本日、午後九時。


 お互いの未来を賭けた、決闘だ。

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