ランチタイム。
昼食には少し早い時間かと思ったが、レストランの中は八割方席がうまっていた。
僕の向かいにさくら、その隣に小毬、そして僕の右手は未だに卯咲さんの頭をよしよししている。
では食事はどうしてるかというと、
「桐島君、次どれ食べたい?」
「いや、あの、卯咲さん、もう自分で食べるから」
「じゃあ、ハンバーグね」
そういって、ハンバーグをふーふーして僕の口元に運んできてくれる。
しかし卯咲さんの切り分け方が非常にワイルドなため、ハンバーグは鉄板の温度をほぼそのままに僕の口にお届けされる。
「はい、あーん」
「いや、卯咲さん、これまだ」
「あーん」
恐る恐る開いた唇の間に、熱い肉塊がねじこまれる。
口の中でそれをどうにかしようと舌が暴れ狂う。
食事という名の拷問である。
「おいしいねー桐島君」
おそらくだけど、卯咲さんはまだ怒っている。
もしかしたら、また「さくらも」と言い出すんじゃないか、何なら言い出してくれないだろうかとテーブルの向かいに視線をやると、ちょうどスプーンでポタージュスープをすくっているさくらと目が合った。
「ご主人、このお汁おいしいですね」
「スープな。うちでも飲んだことあるだろ」
「はあ、しかしさくらはご主人が朝出してくれるお汁のほうが好きです」
「味噌汁って言えな」
僕が朝から何のお汁を出してるっていうんだ。
「き、桐島君のお汁って濃いの?」
卯咲さん?
「あ、ち、違うよ! なに勘違いしてるのもぉー! 桐島君はなんでお汁が出るのって訊きたかったの!!」
なんでって……。
「あ、違っ! はあ? 桐嶋君耳悪いんじゃない? 桐島君のお家はなにでお出汁をとるのって聞いたんだよ!?」
はあはあと顔を真っ赤にして弁解する卯咲さん。
ちなみに僕、さっきからひと言喋ってない。
「えと、出汁はもう市販の出汁の素を使ってるけど。卯咲さんのところは?」
「え? 私? き、桐島君が飲んでって言うなら頑張って飲むよっ!」
「あ、いや、出汁の話なんだけど……」
なにか話がとっちらかってしまっているが、なんとなく整理をつけてはいけない気がする。
「え、ああ。うち? うちのお味噌汁はこんぶだったりかつおだったり、そのときどきだよ。基本的に板さんにおまかせって感じだから」
「へえー、さすがだねー」
とりあえず僕はさらっと流そうと思ったんだけど、十秒ほど食事を再開したところで、卯咲さんが自分の言葉を思い出し、「い、板さんっていうのはね!」とまた慌て始める。
「板さんっていうのは、近所の、ほら、板橋さんってお爺ちゃんでね、私がよくひとりで食事してるからね、よくね、よく、お味噌汁とか作って持って来てくれるのね、だから板さんの家におまかせーってこと! そういうこと!!」
最近、卯咲さんの咄嗟の作り話がうまくなってきているな……。
「あ、でもご主人」
「なんだ?」
「さくらおそそ食べに行ったときの、お魚の頭が入ったお汁も好きです! あれは……えっと……」
「食べに行ったのはお寿司な。あと味噌汁って言えって」
そんな中、今まで黙って大盛りオムライスを口に運んでいた小毬が、寿司という言葉に反応して卯咲さんの方を見て呟く。
「……まぐろ」
「小毬、それはあんまり人に向かって言わない!」
「わ、私まぐろじゃないもん! がんばるもん!!」
「卯咲さんも答えない!」
「あ、なかだしです!」
「お前はなに思い出した!?」
もうそれは赤だしだと訂正するのもつらい。
さっきからウェイトレスのお姉さんが、ゴミクズにたかるハエを見るような目でこっちのテーブルを睨んでいる。