夢と魔法と犬と猫。
約束の時間の十分前。
駅を出たところには、すでに卯咲さんの姿があった。
「卯咲さん、遅くなってごめん!」
僕はマナーとしてひとまず卯咲さんに頭をさげるも、
卯咲さんからはそれに関しての返答はなく、代わりに質問が降ってきた。
「えっと、桐島君。今日ってデート……なんだよね?」
「え、あ、うん。ち、違った?」
「ううん、確認確認」
若干怒っている様子の卯咲さん。
やはり初デートに十分前は遅すぎたのかも知れない。
そもそも、女の子を先に待たせている時点でアウトだ。
ゲームなんかでも、デートは女の子が遅れてくるって相場が決まっている。
いきなり反省だ。
「ご主人! さくら、これ食べたいです!」
「ばななちょこれーとくれーぷ」
僕の両隣でそれぞれに買ってやったランドパークのガイドブックを手に、さくらと小毬が声をあげる。
「二人とも、先に卯咲さんに挨拶だろ!」
まったく、二人とも勘弁してほしい。
こんなところでへたにポイントを失うわけにはいかない。
「おはようございます!」
「ます」
クレープの名前は全部言えた小毬がズルをしたのが少し気になるが、まぁよしとしよう。
「桐島君、二人も一緒なの……かな?」
「あ、うん。前からここに遊びに来たいって三人で話してただんよ。でも、二人とも何を食べたいって言うばっかりでさ。でも僕も昨日ランドのガイドブックを眺めてたらなかなか寝付けなくって」
そういってハハハと笑う僕に、卯咲さんもフフフと笑顔を返してくれるが、どうもその種類が違う気がする。
「へぇー、じゃあ、三人で盛り上がって眠れなかったんだ?」
「うん。ごめんね遅くなって」
「うん。それはいいの。全然遅くないし。ただね、私誰と手つないだらいいのかな?」
そう……言われてみればそうだ。
今、僕の右手はさくらが、左手は小毬が握っている。
「ああ、じゃあ、小毬の手握ってやってくれる?」
「え?」
天気はからっ晴れだというのに、卯咲さんの顔に陰が射すのが見えた。
もしかして卯咲さんは小毬のことが嫌いなのだろうか?
僕は左手を握る少女に視線を落とすと、向こうも見上げて来た。
んー。
自分の家族を褒めるようでなんだが小毬はかわいい。
少々めんどくさいが、最近はそれも含めてかわいいと思えるようになってきた。
親バカというのはこういう気持ちなんだろうかとも思う。
……そうか。なるほど。
僕はもう一度、今度は真摯な態度と声で卯咲さんにきちんと謝る。
「卯咲さん、ごめん」
「うん」
「小毬の手握るとあれだよね。もしかしたら家族だと勘違いされちゃうもんね」
「え?」
「いや、だから卯咲さんがお母さんだと思われるかも知れないから。嫌だよね」
そこで若干の思考の間があってから、卯咲さんが急にもじもじとし始めた。
「え、それって……桐島君と私が……その……」
「うん。だから、ごめ――」
「ううん! 全然! 全然だよ! 全然大丈夫!! そっか、桐島君がそういうふうに思ってくれてただなんて……小毬ちゃん手っ!」
そう言って小毬と手を繋いだ卯咲さんはどういうわけかものすごい勢いで機嫌を取り戻してくれた。
女心と何とやらだなと、僕はその空を見上げる。
開演時間の三十分前にして僕たちはすでにパーク内に入っていた。
そしてそこではランドの人気キャラクタートップ10が僕たちを取り囲んでサービスしてくれる。
開演待ちの列に並びにいこうとしたときに、卯咲さんが「あっちから入れるよ」と連れて行ってくれたのは明らかに従業員用の通路だった。
まさか、こんなところにまで卯咲グループの力が及んでいたとは……。
ただ、うちの二匹にはこのVIP待遇は無意味だった。
「ご主人、このひとたち、さくらたちの邪魔をします!」
あろうことかランドのスターたちを邪魔もの呼ばわりした挙げ句に押しのけようとするうちの犬。
そして、普段ちやほやされてばかりいる人気キャラたちは、それにどう反応していいのかリアクションに困っている。
僕は何だか申し訳ない気持ちで卯咲さんのほうへ視線を移そうとして、
左手を握っている少女の頭が視界に入る。
「ダメ!」
僕が声をあげたときにはすでに遅かった。
ランドのトップスターであるマウス君は、小毬の頭に置こうとしたその手をすごい勢いで噛みつかれていた。
隣ではマウス君のガールフレンドが、あわわと口を押さえる仕草をしてただ驚いて見せる。
猫がネズミを噛むのだから真っ当と言えば真っ当なんだけど、このままではマウス君の白いグローブが真っ赤に染まってしまう。
そうなる前にと、僕が小毬の脇腹をくすぐると身体をよじってマウス君の手から口を離した。
そのマウス君の手には小毬の歯型がくっきり残っていたものの、大事には至らなかったようだ。
今日までに対処法をあみ出しておいて本当によかった……。
夢も魔法も犬猫にはまったく効果をなさない。