涙とティアラ
「シュリ君」
神父がシュリに駆け寄り、抱え起こす。
「…っ」
シュリが眉をしかめて目を開けた。パラパラとシュリの髪から砂が落ちる。
「神父様…」
まだ意識が朦朧とするのだろう額を押さえて軽く頭を振る。ぼんやりとしていた瞳が次第に定まっていく。神父がほっと安堵の息を吐いた。
「少し怪我をしていますね、すぐに手当てを」
「いえ、これぐらい…」
神父が地面をこすって出来たシュリの頬の傷に触れる。神父のほんのりと冷たい手に触れられ、シュリのまだほんの少し霧がかっていた意識がはっきりとする。
はっとしたように顔をあげ、神父の手を掴む。
「神父様、お怪我は?」
「これくらい大丈夫ですよ」
狼狽するシュリに優しく微笑む神父。シュリの顔が泣きそうに歪む。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫ですから。ほら、悪魔もちゃんと退治しましたよ」
シュリが俯いていた顔を上げこちらを見たとき、僕と目があった。遠目からでも分かるシュリの潤んだ瞳。僕はギクリとしてしまった。どうしてだろう、心が痛い……僕は心の痛みに耐えかねて、目をそらしてしまった。
視線を下に向け、額からどくどくと血を流して気を失っているゼンの姿を見て、別の意味で再びぎくりとする。悪魔はこの程度では死しなないと解っていてもゼンのこの姿はホラーだ。
すまん、ゼン僕のせいでこんな目に……怖いよ…
俯く僕を気に掛けることなく神父の手を借りてシュリが立ち上がる。
「ありがとうございます」
「いいえ、でもよかった。貴方にたいした怪我がなくて」
「……」
俯いたまま顔を上げないシュリに神父が頭を優しく撫でる。その暖かな手にシュリの目から大粒の涙がこぼれた。息をのみ、肩を小刻みに震わせる。
「ごめんなさい…こんなことに…なるなんて思…わな…くて」
声を詰まらせ、とぎれとぎれに言うシュリに神父が困ったように微笑む。
「いいんですよ、シュリ君」
優しい神父の声。
「でもね…願いは他人に叶えてもらうのではなく、自分で叶えなければ意味はないのですよ」
「…はい…」
シュリが子供のように、こくんと頷く。神父は満足げに微笑むと、ところでシュリ君と口調を改める。
「何を悪魔に願ったのですか?」
「…う…」
「シュリ君?もしかして人には言えないような変な願い事ですか?」
「いえ、そんなことは」
神父の有無を言わせぬ笑顔にシュリが固まる。
「あの…その……性格を治したくて」
「性格を治したいのですか?なぜです?」
「だって…こんな性格じゃ好きになってもらえない」
そう言ったシュリがしまったと言うように慌てて口を押さえる。神父が小首を傾げた。
「好きになってもらう?誰にですか?」
「その……」
顔を赤く染め俯くシュリ。その時になって僕は初めてシュリが神父を好きなことに気がついた。
確かにあの凶暴性は致命的だ。そしてあの鬼の形相……
シュリが意を決したように顔を上げる。
「私は神父様が好きです。だから…少しでも神父様に好きになってもらえるように性格を治したかったんです」
「そうですか」
「……」
「でも私は、今のままの君でも十分に好きですよ」
その場に沈黙が訪れる。たっぷりと2呼吸分の沈黙の後、僕とシュリの驚愕の声が辺りに響き渡った。
「「ぅえええええー」」
シュリが神父の服を掴む。
「ほ…本当ですか神父様」
「あはは。嘘言ってどうするんですか?」
「嘘だ!!こんな凶暴なシュリを好きだなんて、ぜったい嘘だあぁ~」
僕の叫びにシュリが神父の聖書をひったくって僕に投げつける。この罰あたりー、それでもシスターか!?
僕が痛みに悶えていると神父が溜息を吐いた。シュリの頭を軽く小突く。
「こら、シュリ君。聖書は読むものであって投げるものではありません」
「…すみません」
そうだ、そうだ!もっと言ってやれ神父。何ていい神父なんだ。僕が心の中で応援していると神父がニッコリと微笑んだ。
「まぁ、悪魔に投げる分にはいいですが」
前言撤回だ、この神父もろくでもないぞ!!
神父がてくてく歩いてきて、地面に落ちた聖書を拾い上げる。一緒に僕の所に来たシュリがしゃがみ込んで僕の顔を覗きこんできた。思わずドキリとしてしまった僕。
「な…何?」
「私にはもう必要ないから、このティアラ返そうと思って…どうやって外すの?取れないんだけど」
シュリがティアラを外そうと手をかけるがびくともしない。
「あぁそれ、一生取れないよ。ほらよく言うじゃないか、三つ子の魂百までって…性格なんてそうそう治るもんじゃないから、死ぬまで取れないんだー」
「そうなんだ」
あははと笑う僕とシュリ。次の瞬間、僕は首がへし折れる程の力で首を絞められた。死ぬー。
「このバカー」
シュリの声がどこまでも青い空に響き渡った。




