涙と微笑み
相手の動きに注意しながらじりじりと僕は後ずさっていく。
神父は僕から目を離さずにシュリに手を伸ばし背に庇う。どれくらい僕らは睨み会っていただろうか、シュリがきょとんと首を傾げて、神父の袖を引っ張った。
「神父様、そんな怖い顔で何をなさっているのですか?」
「シュリ君は下がっていていてください。この悪魔の相手は私がします」
「何の相手です?クロは私の願いを叶えてくれるいい悪魔さんですよ?」
シュリがにっこりと微笑む。その何の含みもない微笑みに神父が困惑したように僕とシュリを見比べる。
「悪魔に願いを叶えてもらうには、対価が必要ですよ。貴方はどんな願いを、どんな対価で叶えてもらう約束をしているのですか?」
「対価何て払いませんよ。さっきも言いましたけどクロは無償で叶えてくれるいい悪魔さんなんです」
「無償…そういえばそんなことを言っていましたね。悪魔と言う言葉に衝撃を受けすぎて、失念していました」
「もう、神父さまったら」
あははと笑うシュリ。いや、その反応おかしいだろう。神父の反応の方が正しいと思おうぞ…僕は心の中でこっそり突っ込んだ。
対価が要らないと言われたが、神父はまだ、僕への警戒を解いてはいない。僕とシュリを交互に見る目が険しい。握りしめた聖書もいい証拠だろう。
「あの…そんなに警戒しないで…」
僕は居た堪れなくなって情けない声を出してしまった。
神父がギクリと肩を強張らせる。
あぁ、これこれ本来あるべき人間の反応はこうなんだよなあ~。僕は神父の横に立っているシュリを見やる。シュリはニコニコ笑っているが僕は見た。一瞬シュリの瞳に、変なことをすれば許さないわよ的な殺気がよぎったのを。僕は滂沱の涙を流した。
神父が突然泣きだした僕に今度はぎょっとする。
「あ…あの……どうしたんです」
「すみません。一瞬魔王を見た気がして涙が…」
「はぁ…魔王ですか」
「気にしないでください。単なる気のせいですから」
僕は眼尻に滲んだ涙を指で拭う。神父は困り顔だ。
僕は優しく微笑むとシュリを怒らせないよう細心の注意を払って言った。
「本当にシュリから対価は貰いません」
「本当に?」
「はい」
「どうしてです?本来なら対価を払うのが普通でしょう?」
「はい、そうなんですが上司に怒られるより、シュリに首を絞められる方が嫌なので対価はいいです」
僕はつい本音をこぼしてしまった。しまったと思った時には既に遅く、キリキリとティアラの絞まる嫌な音が僕の耳に届く。僕が恐怖でシュリの方を見れずに、汗をだらだら流していると神父は何かを悟ったらしく、慈悲深い目を僕に向け、次いでシュリに顔を向ける。
「シュリ君。いい悪魔もいるのですね」
「神父様」
神父の微笑みにティアラの絞まる音が止む。
「でもね、シュリ君」
神父が少し困った顔で笑む。その時生温かい風が吹いた。ザワザワと音を立てる木々。一瞬背中を走った悪寒に顔を上げる神父と慣れしたしんだ気配に顔を上げる僕。
空間がぐにゃりと歪み、ゆっくりと顔が現れる。次第に首、肩と現れていく中で目を開け、僕らを見定めるとニヤリと笑った。




