神父と悪魔
修道院の中庭、木と木の間に通したロープに干したシーツが風にたなびいている。シュリが籠に残っているシーツを手に取り、ロープに掛ける。それを広げていたシュリの腰のあたりに子供が抱きついてきた。
「シスター、遊ぼう」
抱きついてきた少年が、見上げてくる。シュリが明るい日差しのなかで笑う。
「だめー、まだ仕事終わってないもの。終わったら遊ぼう」
「約束だよ」
「うん」
シュリが少年の頭を撫でてあげる。その光景を木の陰からこっそり覗いていた僕は、自分の目を疑った。
最初の出会いが最悪なだけに、シュリの印象が拭えない僕はどうしても幻覚を見ているような気になってしまう。
「……本当にシスターやってるよ…」
「聞こえてるわよ」
ぼそりと呟いた僕の言葉に、シュリが持っていた洗濯バサミを投げつけてきた。見事なコントロールで僕の眉間に洗濯ばさみがスコーンと乾いた音を立ててぶち当たった。
「…痛い」
眉間に手を当てて悶える僕。なんて地獄耳なんだ…地獄の閻魔さまもびっくりだ。部署が全く違うから会ったことないけど…。
ひとしきり痛みに悶えた僕は、砂を踏む音に顔を上げた。いつの間にか僕が隠れている木の近くに、朝見かけた神父が聖書片手に立っていた。げっ…神父。僕は身を潜めたまま、気づかれないように息を殺す。僕はここにはいない、ここにはいないんだ…そう僕は空気、空気なんだ。気配を極限まで消すんだ僕!
「シュリ君」
その声に振り返ると、シュリの顔が見る間に満面の笑みに代わる。
「神父様、どうしたんですか。あまりこちらのほうにまで来られることないのに」
「いえ、通りかかったら貴方の姿が見えたものですから…それに街での様子も少し変でしたので気になって…」
「本当に何でもないんです。ごめんなさい心配掛けてしまって」
「いえ、大丈夫ならいいんです」
顔を赤く染めて両手を振るシュリに神父が優しげな微笑みを浮かべる。ふと神父がシュリの頭に乗っているティアラに目を止めた。
「シュリ君街で会ったときにも気になっていたのですが、そのティアラどうしたんです?朝、教会を出て行くときには着けていませんでしたよね?」
僕は、木の陰からこっそりと神父を覗き見る。この神父よく見ているな。シュリにティアラを貸したのは教会の扉をシュリが蹴破った後だ。蹴破られたその扉の破片で僕は……今朝のことを思い出し僕は滂沱の涙を流した。
僕が涙を拭っていると、シュリが笑いながらあっさりと木の陰に隠れている僕を指さし
「この悪魔さんが、くれたんです」
と、暴露した。神父がえっと言って固まり、僕も木の陰から覗いた格好のまま固まった。
「いい悪魔さんなんですよ、報酬なしで私の願いを聞いてくれてるんです」
平然としゃべり続けるシュリ。僕がぎくしゃくと木の陰から姿を現し、片手を上げる。
「こ…こんにちは…」
きっと僕はこの時頭のねじがどこか飛んでいたらしい。後日談によると、この時の僕は大量の汗を流し眼をぐるぐる回していたという…。
「悪魔のクロです」
「悪魔さん、クロっていう名前なんだ。じゃあこれからクロさんって呼ぶわね」
「う……」
頷きかけて僕は我に返った。何をやっているんだー僕は。悪魔の天敵である神父の前に出るなんて自殺行為と等しい。神父もようやく我に返ったらしく、悪魔…と呟きながら片手に持っていた聖書を握り締めた。




