悪魔とシスター
僕を揺さぶる優しい手と少女の心配そうな声。
「大丈夫ですか!しっかりしてください」
ゆらゆらと揺れる僕の体。あぁそうか、あの凶器的破片によって僕は屋根の上から落ちたんだ。あのシスター絶対人間じゃないだろう。
「しっかりして!」
揺さぶる手が次第に強くなっていく。もう優しく揺さぶるのではなく、襟首ひっつかんで前後に振り回していると言ってもいいだろう。ガクガク揺れる首が痛い…
うっすらと僕が目を開くと、目の前に心配そうに眼を潤ませたシスターが、片手を大きく振りかぶっている姿が見えた。手が唸りを上げてこちらに迫ってくる。ちょっとまてぇぇー
「ま……っ」
バシィィ。街に響き渡る鈍い音。それも一度じゃない、反し手でも僕を殴り、往復すること2度。計4回のビンタに僕の頬は、食べ物を口の中に詰め込んだハムスターのように腫れあがった。
「どうしましょう。この方もう助からないわ。当然よね、あんなに高い屋根の上から落ちたんだもの…」
助かるも何も、最後の止めはあんたのビンタだ…僕はプルプル震えながら、シスターに声をかけた。
「勝手に…殺さないで」
「あら、よかったまだ生きてたんですね」
にっこりと微笑むシスター。僕の生存を確認したシスターは、つかんでいた襟首から手を離した。ニュートンの法則道理落下する僕の頭。
「痛っ…!」
「生きてるんなら、もう大丈夫ね」
何が大丈夫なんだ。普通、屋根から降ってきた人間が、生きてるから大丈夫で済むわけないだろう。僕、悪魔だけど…。
「あのー、普通屋根から落ちた人間にたいしてもう少し違う対応があると思うんだけど…」
「生きているだけで十分でしょう?私、今機嫌が悪いの。これ以上面倒なことに巻き込まないでくれる?」
ひどい…人間てのはこんなにも薄情だっただろうか。
「……鬼…」
ぼそりと呟いた言葉に、シスターの眉がピクリと跳ねる。
「何か言ったかしら?」
すごい腕力で僕の首を絞める。死ぬ死ぬ!
「何も……何も言ってません」
身の危険を感じて、慌てて言う僕に、シスターがはっとしたように手を離した。
「また、やってしまった。どうして私はこう怒りっぽいのかしら。すぐに人に当たるし」
ガックリと項垂れるシスター。先ほどまで首を絞められていた僕でさえ心配になるほどの落ち込みっぷりだ。
「あの~」
「どーして私はこんなにも性格が悪いのよー」
ガバッと起き上がったシスターが、再び僕の首を締めあげる。死ぬー。
「神様。どうか私の性格を治してください」
首に回った手に、さらに力がこもる。神様に祈る前に、その手をどうにかしろー。息がつまった僕は、降参したと言わんばかりに、シスターの手を叩く。
シスターがパッと手を離し、はぁっと切なげに溜息を吐いた。
「毎日お祈りしているのに…どうしてこの短気な性格が治らないのよ……怒っちゃだめよ。シュリ」
シュリというのは、このシスターの名前だろうか。シュリより修羅の方があってると想う。咳き込みながら僕は、助けを求めて屋根の上を見上げた。
屋根の上には、ゼンが立ってこちらに手を振っていた。声を立てずに口だけを動かす。いつもなら、こんなに離れているゼンの唇を読むことはできなかっただろう。だが、今日は違った。ゼンの唇ははっきりと言っていた。
『がんばれ、良さそう魂じゃないか。うまく狩り取れよ!』
親指を立て、微笑むゼン。
こんな魂、狩り取れるかー!ゼンのバカー、助けろよー。
僕の心の声は届かず、大きな黒い羽根を羽ばたかせて飛んでいくゼン。
「ところで貴方。その背に生えているものは何かしら?羽根のように見えるのだけど」
ぎくりと肩を震わせる僕。しまった!羽根を隠し忘れてた。
「えぇっとこれは…」
「もしかして、悪魔…とか?」
「!」
ばれたー、殺されるー。目の前にいるシスター修羅…じゃなかったシュリに対する恐怖が大きすぎて、とっさにうまい嘘を言えなかった僕は、目を思いっきりそらしてしまった。
僕はきっと明日にはバラバラ死体になって、どこぞの海にぷかぷか浮かんでるんだー。
だらだらと冷汗を流し、怯える僕の想像とは違い、シュリが僕の肩に優しく手を置く。恐る恐る顔を上げると
「悪魔なのね」
シュリの優しげな微笑みがあった……なのに、僕の背中には冷汗が滝のように流れていた。
「確か悪魔って人の願いを叶えてくれるんだったわよね?」
「……」
「だったわよね?」
「…はい…でも、交換に魂を…」
「な……」
恐ろしげに青ざめるシュリ。でも次の瞬間、僕の首をこれでもかっと言うほどの力で締め上げる。
「何てお優しい悪魔さん。奉仕の心で私の願いを叶えてくれるのね」
「な…なんで…グエ」
さらに首を締め上げられて僕は呻き声を上げる。こ…殺されるぅぅ
「は…はい」
なんとか言えた言葉で、シュリが手を離してくれた。死ぬところだった…いいのだろうか悪魔より怖い人間がこの世にいて…
「じゃあ、はい。何か道具だして」
「道具?」
「そうよ、何かあるでしょ。簡単に性格を治す道具」
どこぞの猫型ロボットじゃあるまいに、そんなのあるかと言いたかったが言えるはずもなく…僕は泣く泣く手のひらに仄暗い球体を出現させ、その中からティアラを取り出した。
ティアラといっても、全体に細かい細工はしてあるものの宝石は小さなルビーが申し訳程度に乗っている簡素な金の輪っか。
「こ…これ…どうぞ」
「これをつければいいの?」
ティアラを手に取り頭上に持っていく。
「これ、私には大きすぎる」
「大丈夫だよ」
ティアラがシュっと絞まり、シュリの頭に張り付く。
「わっ絞まった。ふぅ~ん…で、これはなんなの?」
「これは、君に悪い心が芽生えたらティアラが絞まるの」
「ふぅ~ん…ねぇ悪魔さん」
にっこりと微笑むシュリ。もしかして、喜んでくれてる?
「手抜きしてない」
すごい形相で青筋浮かべるシュリ。ティアラがすごい勢いで絞まっていく。ギヤァァァー来ないでー怖いよー。
「これが、限界なんですぅー」
泣きながら言う僕にシュリがふんと鼻を鳴らして踵を返す。
「わかったわ。これで我慢してあげる」
手を振って去っていくシュリ。悪魔が僕のもとから去った。きっとこういう時、人は神に感謝するのだろう…助かった……。




