有能過ぎる召喚士と憂鬱過ぎる異世界の元少年
ワタシは召喚士。仕事はもちろん、召喚すること。
ただ、召喚出来るものは選べない。鳥だったり、小動物だったり、用途のわからない機械だったときもある。
すべてにおいて共通なのはそれらがこの世界にはないものだということ。
だからワタシは王族の結婚だとか成人だとか余興が必要なときくらいにしか呼ばれない。
けれども数の少ない魔法が使える中で更に数の少ない召喚士であるが故に、一生分の生活が保証されているので気にしてはいない。
召喚士の死因第一位は魔力の枯渇であるにも関わらず魔力に底が見えないどころか普段はあまり消費出来ない魔力が勝手に肉体に作用して常に少女でいることを除けば。
「暇デス」
「暇、じゃねぇよ! 俺を早く元の世界に送還しろ」
ワタシが召喚した動物やら機械やらは一部の例外、王族が望んだ場合を除いてワタシのモノになる。
数えきれないほどの珍しい動物やものが置いてあるワタシの森は『沈黙の森』と呼ばれていた。
ワタシの許可なく森に侵入すると、生きては帰れないから。
そんな森の奥の家の中、寛いでいたワタシは真っ黒な髪に薄い茶色の目の青年に肩を掴まれてガクガクと揺すぶられていた。
一見したら児童虐待デスね。
召喚したときは彼も少年だったのに……。
魔法が使えなくとも人間は魔力を持っている。
魔力を微塵も持っていないのに、生きていられる人間はこの世界にはいないのに、リュウは魔力を持っていないのに生きている。
異世界の、人間だから。
「リュウ、痛いデス」
「お前、俺を召喚してからどれだけ経ったと……」
「およそ九年デスね」
ワタシの姿はずっと変わらない少女のままなのに、リュウはすっかり大人になってしまった。
異世界で、本来の世界での成人の歳を迎えてしまったことに嘆いていたのが昨日のことのように──というか昨日のことデス。
リュウはちっ、と舌打ちして肩を掴んでいた手を離した。
舌打ちは良くないデスよ。
「あんなに可愛かったリュウがこんな野蛮に……」「母親みたいなこと言うな! 全く」
フイッとワタシから顔を背けるリュウに悲しくなる。
──リュウは最近、頻繁に送還はまだかと言ってくるようになった。
「お母さんに会いたいんデスね……ワタシをお母さんだと思って甘えていいデスよ」
すっかりワタシよりも大きくなってしまったリュウを見上げながら言う。
両腕を開いてカモーンな体勢になったのにリュウは見向きもしない。
「思えるわけねぇだろ!? なんで……っち」
「また舌打ちしてー、幸せ逃げますよ」
「それは溜め息だろ」
はぁ、と溜め息を吐くリュウ。幸せ逃げてますよ。
「……リュウ、そんなに還りたいんデスか?」
「元の世界が恋しいわけじゃねぇ、居場所なんて今さらないだろうし。けど」
「けど?」
じぃー、と見つめる。
反論しようと顔を上げたリュウと視線が交わって──リュウの耳が赤くなってる気がしますね。 いくら人里離れた森に住んでいたとしても、お友達が人外のみだったとしても、ワタシは人から向けられる感情に鈍くはない。
だからリュウに嫌われているわけではないことは理解しているつもりデス。
「俺は……っ」
不意にワオーン、と遠吠えが聞こえてきた。
「ポチが何か言ってますねぇ」
「……あいつ」
ポチ、という名前の恐らくオオカミ、という種類の(リュウがオオカミだと言った)生き物はワタシが召喚した中でもずば抜けて強い生き物に分類される。
召喚したときは小さかったのに、今ではワタシよりも、リュウよりも大きくなったので、森のヌシをしている。 この世界に来てこの世界の空気に必要以上に馴染んだせいで寿命が恐ろしく伸びて知能も人並み以上にあるみたいデスが。
「珍しいデスね、ポチがあんなに大きな声で遠吠えするなんて」
「リーシェ、俺が還りたいのはっ」
リーシェ、なんて自分の名前を誰かに呼ばれたのは何時ぶりだろうか。
誰も彼もワタシを『召喚士』と呼ぶから忘れかけてすらいた。リュウだって最近は『お前』としか呼ばなかったデスし。
「還りたいのは?」
ふと窓の外を見ると、あ、ポチが走って来たみたいデスね。
「……お前、……を」
ご飯の時間はまだなんデスけどねぇ。
「リーシェを……」
もしかしたら寂しかったとかデスかねぇ。ワタシを見てすごく嬉しそうに尻尾を振ってますし。
「女として見てる──……だからだ! っておいぃこっちを見ろよぉお!」
「っはい!? あ、あぁすみません。ポチが走って来ていたのでつい」
リュウは口をぽかーんと開けたまま首だけを窓の外に向けた。
握り締めた拳が、震えている。
「あの野郎っ!」
「確かにポチは雄デスね」
「……そういう意味じゃねぇよ」
子供っぽく拗ねるリュウを宥めるように抱き締めた……抱き着いたのほうが妥当な気はしますが。
「送還術はなるべく早く完成させますよ。でも……リュウがいなくなってしまったら寂しくなりますねぇ」
ぴく、リュウが跳ねた。
本当は森で暮らさなくとも、街で暮らすことも出来たのにそれをしなかったリュウ。
この九年間、毎日が楽しかった。
「……リーシェ」
「そうだ、もうすぐお別れだったらこれから毎日一緒に寝ましょう!」
「はぁ!?」
──リュウが何を思って急に還りたがったのか、身をもって知ることになるのはまた別のお話。