第3話「盾しか持たないやつ」
十一歳になった。
「今日こそ剣を持て」とガレンが言った。
「持たない」と俺は言った。
ガレンが盾を磨いている俺を見てため息をついた。セラが「まあレイがいいならいいんじゃないかしら」とフォローした。これが我が家の朝だ。毎朝だいたいこうなる。ガレンなりに本気で心配しているのはわかる。魔法使いの父親がなぜかこの件だけは毎朝口を出してくる。たぶん職業上の勘みたいなものだろう。魔法使いから見ても盾のみというのは不合理に映るらしい。
まあ、不合理なのは自覚している。
ただ、俺は盾が好きなので持つ。剣が嫌いなわけじゃないが、持ちたいのは盾だ。好きな装備があるのに「なぜそれを使うのか」と聞かれても、使いたいから使う、としか答えようがない。ゲームでも現実でもそれは同じだ。
「盾で何ができる」
「戦えるよ!」
ガレンのため息が一回増えた。
特に何が変わったわけでもない。盾を磨いているし、ガレンには「剣を持て」と言われるし、セラにはフォローされる。変わらないということは安定しているということなので文句はなかった。
うちの周辺には同い年くらいの子が何人かいる。
ルドという男の子は虫が好きで、いつも地面を掘り返したり木の皮をめくったり石を引っくり返したりしている。見たことのない虫などを見つけると顔がみるみる輝く。特に珍しいやつを見つけたときは走ってくる。「これ見て」と手を差し出されるたびに「……すごいな」と答えることにしている。内容はよくわからないが本人が喜んでいるのだから否定する理由もない。俺も盾の話を始めると周りがぽかんとする側の人間なので、なんとなく気持ちはわかる。
タリナという女の子は花が好きで、家の前に小さな花壇を作っている。毎朝水をやって土をほぐして、どの花がどのくらい育ったかを日々確認しているらしい。一度「見て、咲いた」と言われたことがある。確かに小さな花が開いていた。「……ほんとだ」と答えた。
ベックという男の子は剣が好きで、広場の端で毎日素振りをしている。見ていると毎回同じ型を繰り返していて、反復に迷いがない。剣が好きなのが伝わってくる。
三人とも今のところ祝福は来ていない。ただそれぞれ好きなものに熱中しているだけだ。
俺はそういう連中を横目に、今日も盾を磨いていた。誕生日のたびに一枚ずつ買ってもらっているので、手入れする盾の数も少しずつ増えてきた。今のお気に入りは先月の誕生日に手に入れた小型の丸盾で、縁の鉄板が薄く削り出されていて軽いので受けた時に返しやすそうだ。外に出るときはこれとは別に、古い縁の厚い小盾も持ち歩く。新しいほうはまだあちこち持ち出して傷をつける気になれないので、家で磨くのが今のルーティンだ。
その日の昼過ぎ、広場でベックが木の棒を振っていた。
俺は近くの段差に腰を下ろして、持ってきた古い小盾の金具を点検していた。眺めていると締め直したほうがよさそうな部分がある。こういうのは気づいたときにやっておくに限る。細かいところが積み重なるものだとゲームで学んだ。ビルドは細部で崩れる。
「レイってさ、いっつも盾持ってるよな」
ベックが素振りの手を止めてこちらに来た。
「持ってる」
「剣は?」
「持ってない」
ベックが首を傾げた。
「なんで盾なの?」
何度か聞かれたことがある質問だ。毎回うまく答えられていないという自覚もある。「好きだから」で終わらせることも多い。でもなぜか今日は少し違う気分で、金具を締め直す手を止めて小盾を持ち上げた。
「好きだから」
「好きって……守るやつじゃないか。戦えないだろ」
「戦える」
「どうやって?」
どうやって、か。
一言で答えるなら「殴る」なんだが、それだけじゃないんだよ。
「まず前提として、盾って攻撃できないと思われてるじゃないか」
「思われてるっていうか、普通できないだろ」
「できる。縁で殴るとか、受けた力を返して押し込むとか。でもそれより面白いのはそこじゃなくて、盾って相手の動きを全部先に読まないといけないんだよ。来た力をどう流すか、どの角度で受けたら次に何ができるか、受ける前から全部計算して待ってる。剣みたいに攻めるのとは順番が逆で、後手に見えて実は先読みしてる。相手が動く前に重心を読んで、くる方向を予測して、盾の角度をそれに合わせて待つ。来た瞬間に狙い通りの角度で受けて、力を流しながら体勢を崩す。そこで押し込む。力を殺すんじゃなくて逃がしながら使う。相手の力を使って相手を崩すわけだから、自分の力より大きいものが出せるときもある。カウンターみたいなもので、相手の動きを全部変数として扱えるから毎回答えが変わる。そこが面白い。当たったときの気持ちよさが全然違う」
気づいたら少し早口になっていた。ゲームの話をするとなる状態だ。ベックはきょとんとした顔で俺を見ていた。
「……わかんない」
盾の面白さを人に説明してうまく伝わったためしがない。まあそうだよな、と頭のどこかが静かに言った。
「まあそうだよな」
「でもやっぱり剣のほうが強くない?」
「さあ。まだ実戦したことないから」
「強いの?」
「さあ。でも楽しい」
ベックがしばらく何かを考えるような顔をして、「変なやつ」と言った。悪意はなかった。ただ率直な感想だった。
「よく言われる」
「じゃあ今度模擬戦しようぜ。どっちが強いか見てみたい」
「いいよ」
ベックは少し笑ってから、また広場の真ん中に戻って素振りを再開した。
俺はその型を眺めながら金具の締め直しを続けた。毎日やっているだけあって、様になってきている。模擬戦、楽しみだ。
広場からの帰り道、ルドが走ってきた。
「これ見て」
手のひらに丸くて黒光りしている甲虫が乗っていた。
「……すごいな」
「でかいだろ、今まで見たやつで一番でかい」
「……でかいな」
ルドは満足そうに去っていった。俺は歩き続けた。タリナは花壇の前にしゃがんで、新しく咲いた花に顔を近づけていた。
みんなそれぞれ好きなものがある。
夕方、家に帰るとセラが夕飯の準備をしていた。俺は盾の点検を再開しながら台所の近くに座った。
「今日は何してたの?」
「広場で、ベックと話した。今度模擬戦することになった」
「あら、仲良いんだねえ」
「うん、まあ」
セラが少し笑った。こういう返し方をすると必ず笑う。気持ちを読むのが得意な人だから、俺が「まあ」と言いながらも盾の話を長々とした一部始終がなんとなく見えているのかもしれない。
「マルクんちの子、最近すごいって聞いた?」
「なにが?」
「手から火が出るようになったって。去年祝福が来たばかりなのに」
手から火。
無から何かを生み出す系か。それはわかりやすくすごい。誰が見ても祝福だとわかる。ただチュートリアルもコマンドもなしでいきなり火炎系の能力を使えと言われているようなものだから、本人も周りも大変だろう。
「もう使えてるの?」
「手のひらくらいの火がなんとか制御できてるみたいよ。本人も驚いてるって」
まあそうだろう。普通驚く。
「ルドたちはまだ?」
「まだみたいねえ。でも来ると思うわ。ああいう子たちには来る気がする。好きなものがはっきりしてるからねー」
セラは鍋をかき混ぜる手を一度止めてから、また動かした。
「マルクんちの子、ギルドに登録したんだって」
「ギルドって冒険者のやつ?」
「そう。祝福が来たら年齢に関係なく登録できるのよ。というか、登録しないといけない決まりがあってね。能力を持った人間を国が把握しておくためらしいの。このあたりは治安も悪くないから意識しにくいけど、やっぱり力がある人間がどこに何人いるかって、国にとっては大事みたいで」
「義務なの?」
「そうなのよ。登録したらランクに応じて依頼が受けられるようになるとか、色々できることが増えていくの。最初はEランクからよ」
ふーん、と答えながら頭の中で整理した。
祝福が来たら登録。義務。国が把握する。
そりゃあそうだよな。力がある人間を野放しにするわけにもいかない。ゲームで言えばキャラクター登録みたいなものか。運営が全プレイヤーを管理している。まあ理屈はわかる。
「レイも来たら登録しないといけないわよ」
セラの声はいつもと変わらなかった。追いかけてくる感じもなく、責めてくる感じもなく、ただ「来たらね」というトーンで答えた。
「……わかった」
セラはそれ以上何も言わなかった。またすぐに別の話を始めた。
俺は盾の点検を再開した。
祝福は来てはいるんだが、とは言わなかった。




