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盾しか持たない変人が転生したら割と無敵だった  作者: 皐月日向子


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第1話「盾縛り社会人、死す」

 俺の死因の欄には「交通事故」と書かれるはずだが、実態はゲームの癖だ。盾を構えるポーズのままトラックに轢かれた。ゲームのやりすぎである。


 少し前の話をする。

 攻略まとめサイトに「変人プレイヤー特集」として名前(キャラ名だが)を載せられた日、俺は残業明けのコンビニ飯を食いながらそれを読んで、「まあそうだよな」と思った。

 記事のタイトルは『盾だけで闘技場タイムアタック世界1位?を取り続ける謎プレイヤーの正体』だ。

 コメント欄は混沌を極めていた。「頭おかしい(褒め言葉)」「効率悪すぎてワロタ」「いやでもこれ純粋にすごくない?」「いや全然すごくない」。困惑と嘲笑と微妙なリスペクトが入り混じった、なんとも言えない空気だった。疲れてるのにコンビニ飯食いながらスマホで自分の記事を読んで、それで深夜にゲームする。好きなことをやっているのだから文句はない。

 ……世界1位というのは事実だ。ただし盾のみのレギュレーションで挑戦しているのが俺しかいないので、競争相手がいないというだけの話である。自虐にもならない。

 オンラインVRゲーム「クロスワールド・オンライン」——通称CWO。専用スーツを着て仮想空間に入り込むフルダイブ型のMMORPGだ。剣士、魔法使い、弓使い、召喚士、回復師と職業の幅は広い。人気コンテンツのひとつが闘技場のタイムアタックで、上位ランカーたちは複数人パーティを組み、攻撃役・壁役・回復役と役割を分担して挑む。それが正攻法だ。そして俺はその正攻法を完全に無視している。

 ただし「盾のみ」といっても、盾は一種類じゃない。俺のインベントリは全部盾で埋まっている。強い相手にはカウンターを意識した大型の盾。重くて機動力は落ちるが、受けた衝撃を返す力は折り紙つきだ。素早い相手には小型の丸盾で捌きながら間合いを詰める。雑魚相手には縁に短い刃がついたランタンシールドなども使う。少しばかり刃はついてるが、盾であることに変わりはない。盾と一口に言っても本当に多種多様だ。

 要するに、俺の武器はすべて盾だ。

 周りからはたまに「無駄じゃないか」と笑われる。まあそうだ。効率が悪いのは自分でもわかっている。ただ盾でどこまでできるか試したいだけで、それ以上の理由はない。ラーメンが好きな人間にわざわざ「なぜラーメンなのか」と聞かないでほしい。ちなみにラーメンも好きだ。豚骨派だ。これは今関係ない。

 CWOの戦闘システムは、プレイヤーが動作を意識すると内部のスキルシステムが補助してくれる仕組みになっている。「斬る」と意識して振れば適切な軌道を、「防ぐ」と意識して構えれば最適なフォームを、スキルが体の動きに乗っかってくる。だから現実で武術の達人でなくても、ゲーム内ではそれなりに動ける。盾を構える動作も同じで、受ける角度、重心の位置、足の踏ん張り方——全部にスキルが乗ってくる。受ける、捌く、押す、殴る。その感覚が長年やり込むうちに体に染み付いた。もはや自分の動きとスキルが一体になっている。これが好きだ。

 帰宅後の深夜、VRスーツを着込みながら俺はそんなことを考えていた。今日も残業で帰りが遅くなったくせに、シャワーも浴びずにVR機材に手が伸びた。先日同期にそれを話したら「お前さあ……」と苦笑いされた後、「まあ彼女いないもんな」と言われた。余計なお世話だ。でもまあ、事実ではある。合コンに誘われても断ってゲームしてるのは俺の意思なので自業自得かもしれない。

 今夜の目標は先週から挑戦しているボスのタイムアタック更新だ。相手は重装甲のロックゴーレム系。昼休みに前回のリプレイを三回見直した。第一フェーズは問題ない。問題は第二フェーズへの切り替わりだ。ボスの重心移動パターンが変わるあの一瞬、大盾のままカウンターを狙うか小盾に切り替えて機動力で崩しにいくか。昨夜も脳内シミュレーションを繰り返した結果、今夜は大盾のまま押し切る方針にした。たぶん正解。たぶん。

 パーティを組んで挑む上位ランカーたちと比べれば、俺のタイムはとてつもなく遅い。それこそクリアがやっとの中級者より遅い。それはそうだ。向こうは役割分担と効率化で削っているのだから。でも気にしない。俺には俺の楽しみ方がある。

 さて、今夜も始めるか。

 仮想空間に入り込んで、闘技場のフィールドに立つ。

 装備を縦長の大盾に切り替える。右手に構える。スキルアシストが背中から全身に染み渡るように乗ってくる。盾の重さが腕だけでなく背中、腰、足の裏まで均等に分散される感覚。体と盾が一本の軸でつながるような、この感覚が好きだ。

 ボスが動き出した。

 まず右肩が上がる。次に腰が下がる。重心が左足に乗り、全体重が拳に集まっていく予備動作。先週のリプレイで何度も見た動き出しだ。来る。

 半歩、右斜め後ろに踏む。正面で受けると質量に押し込まれる。角度をつけて流す。スキルアシストが足の踏ん張りと盾の角度を同時に最適化していく感覚が走る。

 衝撃が来た。流すように右に逸らす。重さが全身に広がって、盾を弾く。その勢いを殺さずに身を任せる。体がちぎれんばかりの遠心力に振られながらそのままボスの頭に向けて回る。縦長の盾が弧を描いてボスの横っ面に叩き込まれた。金属と石がぶつかる重い音が仮想空間に響き、大型モンスターの上半身が大きく傾いだ。

 面白い。本当に面白い。

 剣や魔法なら「どう攻めるか」を考える。でも盾は「どう受けて、何を返すか」を考える。後手に見えて、実は先を読んで動いている。相手の動きを全部情報として処理して、最適な返し方を選ぶ。ゲームとしての最適解が役割分担と効率化にあるのはわかってる。わかった上で盾を選んでいる。それが楽しいんだから仕方ない。

 深夜二時すぎ。タイムアタック更新。

 闘技場のロビーに戻ると、少し離れた場所で数人のプレイヤーがこちらを見ていた。こそこそと話している。VR空間でもこそこそするんだな、と思いながら聞き流す。

「あれ、盾の人だ」

「今日も盾のみレギュか」

「ていうかあの人、大盾と小盾で使い分けてるんだな。今日は大盾構成だった」

「武器は何使うの?」

「持たないらしいよ。盾の縁で殴ったりはするけど」

「盾縛りってこと?」

「まあそうなんじゃない? なんか特集記事に載ってたよ、変人プレイヤーとして」

 変人プレイヤーとして、か。

 否定はしない。

「今日も世界1位?」

「競争相手いないだけだろ」

 正解。全員正解。よくわかってる。

 俺はロビーの端のベンチに腰を下ろして、さっきの戦闘を反省した。第二フェーズの切り替わり、大盾のままで正解だった。ただ最後の追い込みがまだ甘い。ボスが体勢を立て直す前にもう一手入れられれば、タイムをもう少し縮められた気がする。次回は入力タイミングを変えて試してみよう。リプレイを保存して、明日の昼休みにもう一回見直すことにしよう。

 ログアウトして、VRスーツを脱ぐ。

 もう朝四時近い。このまま寝ると確実に起きられない。こうなったら徹夜で始発に乗り、会社で始業まで仮眠を取る作戦だ。社内の誰にも見られたくないが、仮眠室があるだけ助かる。まあ、よくあることだ。

 始発電車はがらんとしていた。

 座席に座れるどころか、乗客の姿がまばらにしかない。普段の満員電車とは別世界だ。こんな時間に電車に乗っているのは、泊まり明けのサラリーマンと、早朝から動き出す工事関係者と、俺みたいな徹夜明けの変人くらいのものだろう。

 目の奥が重い。背もたれに頭を預けると、そのまま落ちそうになる。

 それでも頭の中はまだ昨夜のタイムアタックのことを考えていた。あの最後の一手、受けるタイミングをもう少し引きつければカウンターが間に合ったはずだ。リプレイで確認すれば——

 会社の最寄り駅に着くアナウンスが流れた。

 アナウンスで我に返った。盾のことを考え始めると周りが見えなくなるのは昔からの悪癖だ。寝不足の時は特にひどい。電車を乗り過ごしたことが二回ある。気づいたら全然知らない駅だった。

 電車を降りると、空気がひんやりしていた。早朝の駅は静かで、足音がよく響く。

 改札を抜けて外に出る。空はまだ薄暗く、東の方だけがうっすらと白み始めていた。人通りはほとんどない。たまに早足で歩くスーツ姿が通り過ぎるくらいだ。

 次の小盾構成はどう組もうか。そんなことを考えながら会社近くの横断歩道に差し掛かった時だった。

 女の子がいた。

 高校生くらいだろうか。制服姿で、スマートフォンの画面を見ながらぼんやり歩いている。朝早くから感心だな。あとかわいくて、何がとは言わないがとても豊かだとも。朝からテンションが少し上がった。不純だとは思うが、こういうちょっとした発見が通勤をなんとか乗り越えさせてくれる。社会人のささやかな楽しみというやつだ。

 横断歩道の信号は赤だった。

 女の子は画面から目を離さないまま歩き続けている。歩道の端まで来た。そのまま車道へ踏み出そうとしていた。

 左から、ヘッドライトが近づいてきていた。

 速度は落ちていない。居眠りか、脇見か。ドライバーは気づいていない。

 女の子も気づいていない。

 俺の体が動いた。

 思考より先に足が出ていた。お人好しとか正義感とか、そういう大層なものじゃない。ただ体が動いた。女の子の肩を掴んで、全力で歩道の奥へ投げる。

 足がもつれた。体勢が崩れた。前に出た。

 振り返った視界いっぱいに、トラックのフロントがあった。

 距離、ほぼゼロ。

 回避、不可能。

 右腕が上がった。長年染み付いた癖で、迷いなく、自然に。

 大盾を構えるポーズで。

 盾は持っていなかった。スキルアシストもなかった。ここは現実だった。

 ああ、これは死ぬな。

 最後の思考はそれだった。

 衝撃が来た。

 痛みが全身を走った瞬間、視界が白く塗りつぶされた。

 白い空間。

 音がない。重さがない。

 何かがおかしい。体が言うことを聞かない。痛みはないが体の感覚が全てどこかへ消えてしまったような、ふわふわとした浮遊感。

 死んだのか、と思うまでに少し時間がかかった。

 トラックに轢かれたのだから当然だろう。

 悔いはあるか、と自問する。

 ……タイムアタック、更新できたな。死んでからも考えることがそれかよ……と実態のない体で苦笑い。

 あとあの子を助けられたな。よかった。かわいかったし。

 それにしても、我ながら情けない最後だったな。

 きっと今年死んだものの中で世界一みっともない死に方だろう。

 そうしてぼんやりしているうちに、重力の感覚がおかしくなってきた。上下がわからない。体がどこかへ引っ張られるような感じがして、気づいたら俺は泣いていた。

 なぜ泣いているのかわからなかった。ただ体が泣いていた。声を上げて、どうしようもなく泣いていた。

 誰かが俺を抱き上げた。大きな手に、温かい胸。

 ——一体なにがどういうことだ。

 俺の意識は、そこで完全に落ちた。

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