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サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.02 健全な誘い

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02-03.


*-*-*-*-*


〈side 弘臣〉


文乃を送ってから店に戻った俺は、カウンター席に座って呟く。


「源臣……俺はまた何か間違えただろうか」


源臣は一瞬、ワイングラスを磨く手を止めてから微笑んだ。


「そうだな……。兄さんは言葉が足りないんだ。しかも肝心な言葉がな」

「肝心な言葉?」

「そう」

「意味がわからない」

「兄さんの言葉には、兄さんが一番伝えたい部分が抜けているんだ。だから伝わらないし誤解も招く」

「そう……なのか?」

「大して大事に思っていない相手にならズバズバと本音を繰り出すのに……大事な相手になると途端に口数が減る。兄さんは慎重な人だから、自分の口の悪さを気にして下手なことを言うまいとするんだろう」

「うるさい」


源臣はクスクス笑って続ける。


「本音を言って『大事な人』に嫌われたくないんだろう? 違うか?」


意味ありげな言い方に、俺は眉間に力を込めてカクテルを呷った。


「8歳も年が離れてるんだ。向こうはそんなつもりなどない」


そもそも彼女は昔からお前しか見ていないだろうが。

そう源臣に言ってやりたいのに言えないもどかしさが募る。


「俺と澪は10歳差だぞ。それに、今話してるのは、向こうはそんなつもりがないとしても、兄さんはどうなんだっていう話だろう? ほら、そうやって兄さんはすぐ自分の感情を誤魔化す」

「……そんなことは知るか」


磨き上げたグラスを静かにテーブルに置いた源臣は、真っ直ぐ俺を見る。


「いいかげんに変わらないと、どっかの誰かに掻っ攫われたって知らないからな」

「ど、どういう意味だ……」

「兄さん、今、結婚願望あるんだろう?」

「は!? そ、そんなもの――……」


咄嗟に否定するようなことを言っておいて、図星な自分にも気付いている。


「澪が秘書になって、生活にゆとりが出たのが大きいのかな。それとも澪というイイ女が秘書としてそばにいるのが大きいのかな。それとも――」

「うるさい! お前の嫁好きも大概にしろ」


源臣に意味深に笑われて、居心地の悪くなった俺は席を立った。


「気をつけてな。――なあ、兄さん」

「なんだ」

「堀田は、バーテンダーとしての将来が不安なんだと思う」

「……そんなことくらい、顔を見ればわかるに決まってるだろう」


不満をぶつけるようにフンと鼻を鳴らした俺に、源臣は目を丸くした。


「なんだ、わかってるんだ。ちょっと安心した」

「俺を馬鹿にするな!」

「はいはい。ごめんな」


ニヤニヤする源臣に、俺は苛立ちを抱えながら早足で店を後にした。


自宅に向かいながら、俺の頭の中は苦しげな文乃の顔と、涙が溢れ落ちる瞬間の彼女の顔ばかりが繰り返し繰り返し思い浮かぶ。

いつも強気な彼女が見せた、予定外の綻び。

動揺した。

心臓を抉られるような痛みをあの時感じた。


(何が『目は治ったか?』だ……)


彼女の涙を前に、俺は無力だった。

源臣に『顔を見ればわかる』などと豪語したところで――


「何もできないのでは、わからないのと同じだな……」


そう呟いて自分自身を嘲笑う。

バーテンダーというのは、恐らく男性社会なのだろう。

その中で女性が活躍していくには、苦しい部分も難しい部分も多いに違いない。

それに母親から仕事に対する理解も、結婚観に対する理解も得られていないようだ。

だから、それも苦しさの一つであるに違いない。


……こうして考えると、彼女に関しては『こうなのだろう』『こうに違いない』という憶測ばかりだ。


(俺は何も知らないのだな……)


思い返せば、文乃とは源臣の店で会う以外はほとんど会っておらず、それ以外といえば、勤め先のホテルのバーに先日一度行った時と、母の贈り物を買う際に付き合ってもらった時くらいのものだ。

知り合って6年も経ち、毎週のように顔を合わせているのに、ずっと保ったままの距離。

縮まなかったのではない。縮めることを避けていただけだ。


(いっそのこと、じっくりと会ってみるか?)


だが、彼女が想いを寄せているのは源臣だ。

自分が誘ったところで迷惑なだけかもしれない。

そう思うと踏み出せないのだ。


(どうすればいいものか……)


わからないことに苛立って、仕事用に整えた髪をグシャグシャと崩す。


『いいかげんに変わらないと、どっかの誰かに掻っ攫われたって知らないからな』


お前が言うのか、と源臣の言葉を思い出してさらに苛立つ。

しかも掻っ攫われる? 彼女が誰かほかの男に? 彼女が幸せならそれはそれで……。

そう考えるわりに、相反して湧き上がる苛立ち。

本能では、そんな聖人君子のような考えなんてしていない。

彼女の隣に誰かほかの男が並ぶと考えただけで、胸の中は真っ黒に塗りつぶされていく。


(誘ってみるか……)


そう思ってすぐに愕然として足を止める。

あろうことか、彼女の連絡先を知らないことに今さら気づいたのだ。

水曜に源臣の店に行けば自動的に会えるという、何とも便利で機械的な関係。

おかげで6年もの間、連絡先を交換していなかったのだった。

どうしようもない自分に失望して、俺はその場にしゃがみ込んで項垂れた。



翌日午前、源臣の妻で、秘書を務める澪が出勤すると、すぐに声をかけた。


「葉月君」

「はい、何でしょう、センター長」


仕事中、俺は澪のことを旧姓で呼び、澪は俺の役職で呼ぶ。

俺は『久我病院 脳・心臓外科センター』のセンター長を務めている。


「葉月君は……彼女の連絡先を知っているだろうか?」


澪は僅かな時間考えを巡らせた後、確信めいた表情で俺に問う。


「堀田さんでしょうか?」


名前を言わずとも理解する、この秘書の察しの良さと有能さに俺は安堵する。


「ああ」

「はい、存じております」

「その……聞き忘れていてな。決して悪用しようとかそういうつもりはなくてだな――」


ぶつくさと御託を並べようとした俺の心中を察するのが、この秘書の優秀さの一つ。

澪は素早く対応を始めた。


「はい。では堀田さんの連絡先をお伝えしますね。念のため、堀田さんの方にもセンター長の連絡先をお伝えしますがよろしいですか?」


いとも簡単に連絡先の交換を済ませるではないか。

この秘書は、自分が6年以上できなかったことを、たった数十秒でやり遂げる強者だ。

俺は自分の不甲斐なさを感じながらも返事をした。


「ああ、頼む」


すると澪がワクワクした様子で目を輝かせているのが見える。


「もしかして、デートのお誘いですか?」

「デッ、デート!? な、何を……君は言ってるんだ……」


動揺して思わず大きな声を出してしまった自分を恥じて、俺は咳払いをして誤魔化した。


「違うんですか?」

「ち、違う。礼をし損ねたから改めてするだけだ」

「それで二人でお出かけですか。デート楽しそうですね」

「だっ――……だから違うと……」

「この後、少々お時間もございますし、私は外に出ておりますので、そのまま堀田さんへお電話をどうぞ」


そう言って澪は微笑みを向けて退室した。

俺はハーッと大きく息を吐き出すと、スマートフォンの画面に文乃の連絡先を表示させる。

すると途端に動悸が激しくなった。

たかが電話をかけるだけで、なぜこんなにも緊張をするのだろうか。


(葉月がデートなどとふざけたことを言うからだ……。向こうにはそんな気なんて更々ないのに、葉月は何を言っているんだ……)


そう思ってみて源臣の言葉を思い出す。


『向こうはそんなつもりがないとしても、兄さんはどうなんだっていう話だろう?』


俺は――……と、僅かな時間考えただけで、顔がカッと熱を持つのを感じた。

そんな自分に呆れてしゃがみ込む。


(俺に気持ちの向いていない彼女を相手に、一体何をどうしたいっていうんだ……。いや、しかし……)


立ち上がって執務室内を右往左往したのち、震える手で電話をかける。

するとすぐに呼び出し音が鳴り始め、それと同時に心臓がうるさいくらいにドッドッドッと音を立てた。

10回呼び出し音が鳴る間に、動悸、息切れ、頻脈。

不整脈か心不全か狭心症の兆候か……。

俺は小さく呻いて床に片膝を突くと、じきに電話を切る。

文乃は電話に出なかった。

息苦しさを感じつつ、俺は頭を働かせる。

ただ、通常より働きは鈍く、今にもフリーズしそうだ。


(電話のかけ方を……間違えた……か?)


文乃のこととなると、俺の頭は20年くらい前のパソコンほどに処理速度が鈍化するのだった。


*-*-*-*-*


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