10-01.
一週間後の昼間、私は弘臣さんと共に東都ホテルへ向かった。
「いいか、無理はするなよ」
「……うん」
スタッフ専用のミーティングルームに入ると、そこには既に皆川さんと佐々木さんが待っていた。
「おはようございます。お疲れ様です」
私が皆川さんと佐々木さんにそう挨拶すると、皆川さんは「おはよう」とにこやかに答え、佐々木さんはいつも見せる穏やかな微笑みを浮かべ、「おはようございます」といつもどおり丁寧な言葉で返す。
でもそういう佐々木さんを見ても、最早これまでのようには思えなかった。
微笑みも、丁寧な言葉も、ただただ恐怖を増す材料に過ぎず、怯んで後退りしたくなる足をどうにか前に進めた。
「さて、まずはどうすっかな……」
皆川さんが腕を組んで考えているところで、私が告げる。
「あ、あの……まずは佐々木さんと二人で話してはいけませんか?」
「うん? ダメではないが……大丈夫か?」
「……はい」
「まあ『二人で』とは言っても、少し離れるだけで俺たちもこの部屋にいて、話は聞かせてもらうぞ」
「はい」
「佐々木もそれでいいか? それと、上への報告もあるから会話は録音させてもらうぞ」
そう言って皆川さんはスマホを佐々木さんに見せた。
「ええ、構いませんよ」
佐々木さんは、やっぱりいつもどおりの穏やかな口調で微笑んだ。
「佐々木さん、あの……」
弘臣さんと皆川さんが少し距離をとってから私が話し始めると、佐々木さんは不意に一歩踏み出し、私の正面に立つ。
それは弘臣さんと皆川さんに背を向ける位置。
そして彼に隠され、私の表情も二人から見えなくなる位置。
すると佐々木さんは途端に目つきを変えた。
「何です?」
声色は穏やかなままなのに、私を鋭く睨む目と、嘲笑うかのように吊り上がる口元が不気味だ。
私は手をギュッと握りしめて声を絞り出す。
「わ、私は、佐々木さんと話をしたくて――」
「ああ、この間の女性ゲストのことですよね? あの時は申し訳ありませんでした。うっかり『新規』だなんて間違ったことを。堀田さんはとんだ災難でしたよね」
佐々木さんは「本当に申し訳ありません」と言葉では謝罪をするわりに、表情は嘲笑したままだ。
「ほ……本当に、うっかり……だったんですか? 佐々木さんはとても優秀で、顔を覚えるのも――」
「えっ、もしかして僕、疑われているんですか? まいったなぁ」
佐々木さんはさぞ困ったような穏やかな口調でそう言う。
でも顔は無表情に私を見下ろしている。
声と表情の不一致が不気味だ。
すると佐々木さんは、私にだけ聞こえる声で呟きを零す。
「ほんと、空気の読めない女」
「えっ?」
「文句があるなら証拠でも何でも集めてみろよ」
弘臣さんと皆川さんには恐らく聞こえないほどの小声で告げられた棘のある言葉。
初めて耳にする佐々木さんの悪意のこもった口調に、私の体は凍り付いた。
「いやぁ、本当にうっかりしてただけなんだけどな」
再び佐々木さんは声のボリュームを上げる。
「おい佐々木、聞こえないような声でしゃべるなよ。音が録れないと報告するのに困るんだ」
「あっ、すみません。ちょっと独り言を言う癖があって。以後気をつけます」
「ああ」
私の目には、皆川さんに向けるいつもの笑顔すら怖く映る。
でも、怯んでいるばかりでは何も解決できない。
「あ、あの――」
「僕ね、本当にあの女性客のことは覚えていなかっただけなんです。新規だと思ったんですよ。そのせいで堀田さんが酷い目に遭ったことは、申し訳なかったと思っています」
私の目に映る佐々木さんの態度には、申し訳なさの欠片も見えない。
嘲笑うような笑顔を向けられ、どこかふてぶてしささえも感じられる。
でも背を向けているから、弘臣さんと皆川さんにはその表情は見えていないのだろう。
「そう……ですか……」
「話はそれだけですか? それなら僕はもう行きますけど」
そう言って佐々木さんは、ミーティングルームを出ようとドアへ向かう。
「まっ、待ってください」
私は慌てて佐々木さんの前に回り込んだ。
このままの関係は、バーのためにもゲストのためにも良くないはずだ。
「佐々木さん! 待ってください。あの――」
「まだ何か? そろそろ開店準備をしたいのですが」
穏やかな口調と共に私だけに向けられたのは、ギロリと睨む佐々木さんの目。
これは紛れもない敵意だと、私は確信した。




