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サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.09 愛しの小悪魔

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09-04.


「何ですか?」

「不思議に思うのだが……君は、その……俺のどこをどう見て6年前から……」

「えっ?」

「俺は君より年もずいぶん上だし、冷たくて口が悪くて、特別性格がいいわけでもない。将来的に安泰な医師という職業以外で……君に好かれる理由がわからない」

「意外。弘臣さんって、自分に自信のあるタイプだと思ってた」

「そんなものはない」

「即答」


文乃はクスッと笑う。

医師としての自分になら誇りを持っている。だが一人の人間としては……。


「うーん……私は、年齢で好きになるわけではないので」

「そ、そうか」

「それに私、弘臣さんが冷たいと思ったことはないわ」

「そうなのか? それならよかった。まあ、君には冷たくしようがないからな」

「どういう意味?」

「……深く聞くな」


好意が先立って冷たくしようがない、なんて甘いことを言えるわけがない。

するとクスッと笑う文乃が話を続ける。


「『口が悪い』のは……言い方が悪い、っていう方が正しいかな。誤解して受け取ってしまうことが多いわ」

「そ、そうか。それは改善に努める」

「あとね、空気が読めなくて困るなぁって思う。察してくれない」

「それは、俺には難しいことだと理解している」

「あとね、好みの範囲が狭くて困るなぁって思う」

「それは……確かに」

「あとは――」

「おい、まだあるのか? やはり俺のどこがいいのかわからない」

「ううん、違う」


文乃は照れた様子で頬を赤らめ、目を逸らす。


「あとは全部好き、って言おうとしたのに……」


待ってくれ、脳内処理能力が追いつかない。

俺はグギギギッと錆び付いた機械音でも鳴りそうなぎこちない動きで文乃から顔を背ける。

『アトハ・ゼンブスキ』とは、はたしてどういう意味だっただろうか? 

俺の顔面が熱を集める中、脳内は再起動を繰り返しながら処理を進める。

処理を、解析を、早く、早く進めろ、進めろ、進――……無理だ。

頭からプスンと煙が上がり、俺は処理と解析を諦めて頭を抱える。


「きっ、君は……何を言って……」

「あ、もしかして『全部』じゃダメ? もっと具体的でないとダメだった? えっとね、いつも毅然としているし、知的だし、自分の考えをきちんと持っていて、大地に根を下ろす大木みたいにどっしりしてて、仕事にはすごく真面目で――」

「まっ、待て! もういい」


俺は少しでも気分を落ち着けようと、鼻筋に乗る眼鏡をクイッと上げ――……上がらない。

鼻筋に眼鏡は乗っていなかった。

中指が空を切った虚しさを誤魔化すようにゴホンと咳払いをすると、文乃に告げる。


「き、君は俺の息の根を止める気か?」

「え?」

「しばらく口を閉じろ」

「えっ? 弘臣さんの質問に答えてただけなのに」

「もういい。とにかく黙れ」

「酷い、せっかく――」

「いいから黙ってろ」


俺は文乃を腕の中に閉じ込める。

何なの、もうっ、と腹を立てる文乃の声が、俺のすぐそばで聞こえる。

それが幸せで、愛おしくて――


「弘臣さん、心臓の音すごい」

「黙れ」


俺は文乃を強く抱きしめた。



「ねえ、弘臣さん……今夜、泊まっていってくれるでしょ?」


俺に身を預ける文乃は、照れた顔でチラリと俺を見上げる。

泊まり。泊まり……。


「……うー……ん……」

「えっ、帰っちゃうの? 帰らないでほしい……」


眉尻を下げて目を潤ませる文乃。

そのかわいらしい顔が、遅れてきた思春期の青い感情を刺激する。


「あのな……こっちの身にもなれと言いたいんだ。俺は――……」


退院して間もない君にまで欲情する情けない男だ、と本音を言えば、軽蔑されそうで怖くて言えない。

すると文乃が目をぱちくりさせて俺を見つめる。


「いいのに」

「何がだ?」

「えっち」


俺はガクッと項垂れる。


「待て。君はもう少し言葉に慎みをだな……」

「弘臣さんが誤解しないようにはっきり伝えただけなのに」


口を尖らせる文乃の頭を、俺はガシガシと撫でた。


「病み上がりの君に手を出すつもりはない。だが、一緒に過ごせば……情けないことに保証はできない」

「だから帰っちゃうの?」

「……」

「あーあ、弘臣さんが帰ったら、ひとりぼっちで寂しくなるかも」

「……その言い方は卑怯だな」


頭を抱える俺を、文乃はクスッと笑う。


「寂しくて、泣いちゃうかも」

「……」

「一人になったら、考える時間が増えて、仕事のことを考えて……苦しくなるかも」


ギュッと手を握りしめる文乃は、唇を噛みしめ、小さく肩を震わせている。

ああそうだ、強がる彼女を、もっとわかってやらなければな……。


「わかった。泊まらせてもらうとしよう」

「本当!?」


文乃が途端にパッと明るい表情をする。


「ああ。……だが……し、しないからな」

「えっちでしょ? わかってる」

「だから言葉に慎みをと――」

「弘臣さんと一緒にいられるの嬉しい。ねぇ弘臣さん、お風呂一緒に入る?」

「なっ、何を言って……一緒になど入れるか!」

「冗談なのに」


ふふっと楽しげに笑う文乃に、俺は存分に弄ばれているらしい。


「俺は何を試されているんだ……」


忍耐力なのか理性の限界なのか、はたまた男らしさなのか獰猛さなのか……。

きっと今夜、この小悪魔は、揶揄って何度も試すのだろう。


「ねえ弘臣さん」

「何だ」

「私のこと、いつも助けてくれてありがとう」


照れたように笑う文乃は、かわいくてかわいくてかわいい。

だが今夜、俺はただそばにいるためにここに来たんだ。


「ああ」

「あのね、真面目で優しい弘臣さんも好き」

「……」

「あ、でも不純な弘臣さんも好き」

「――ッ……」


今夜、俺はただそばにいるために、ここに……。

俺の口から溜息が零れ出る。

ダメだ、先が思いやられる。


「やはり酒をくれ」


眠気に支配されて寝落ちするのが、俺の最善手と言えよう。


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