09-03.
「バーテンダーというものは、どうしてこうもフルーツの切り方が斬新になるんだ?」
テーブルに並べられたチェダーチーズやキャロットラペ、チキンパテ、バケット。
それらと共に盛られた、花のような形のキウイやイチゴを、俺はまじまじと眺める。
「そんなに斬新? 普通だと思うけど」
「普通がわからなくなってきた……」
「こうやって切ると、チョコレートが絡みやすくていいの」
文乃はそう言って、チョコレートソースを添える。
「ところで弘臣さん、何飲む? お酒ならいろいろあるけど」
「……君は何を飲むつもりだ?」
「作るの面倒だからラム酒のストレート」
「退院明けにヘビーだな。しかもバーテンダーとは思えない台詞だ」
「だって弘臣さん、家に帰ってゆっくりしながら手術したい?」
「い、いいや……」
したくないのは尤もだが、例えが滑稽だ。俺はフッと笑う。
「せめてアルコールはやめておいたらどうだ?」
「だって私、体に異常はなかったんでしょ? 感覚が鈍ったら嫌だから飲みたい。少しにするから」
「……わかった。すまないが、俺にはアルコールでないものを頼む」
「はーい。ミネラルウォーターと炭酸水、どっちがいい?」
「ミネラルウォーター」
「グラス使う?」
「そのままでいい」
俺は文乃からペットボトルを受け取る。
そして水を飲んでいると、妙に文乃の視線を感じる。
「……何だ?」
「べっ、別に。ネクタイ苦しそうだなって思っただけ。外していい?」
「ああ」
文乃が俺のすぐそばでネクタイを緩める姿を見ていると、つい思い出してしまう。
「ボタンは外すなよ」
6年前は、ネクタイだけではなく、シャツのボタンも外された。
「もうしませんよ。……本当に覚えているんですね」
「ああ。全部覚えている」
「でも覚えてるかどうか聞いた時、首を傾げてたじゃない」
「それは……君がまた泣きそうな顔をするものだから、これはどう答えるのが正解なのだろうかと迷っているうちに、君が話を先に進めたからな」
文乃は「私がせっかちだからだ……」とクシャッと顔を歪める。
「それでよく、私のことを『君は身持ちが堅い』なんて言えましたよね」
「なぜだ? 堅いだろう。あの時の君はずっと源臣だけを見ていたのだから。結局俺とは何もなかったしな」
「でも私は弘臣さんを……久我さんの身代わりにしようとしましたけど?」
そう自虐的に言って、文乃は目を潤ませる。
まだ悔いているのか。
そんな文乃が愛おしくて、俺の膝の上に文乃を導いた。
「そうだな……本音を言うならば、あれは確かに腹が立った」
「ご、ごめんなさい……ッ……」
「いいや、もういい。……ところで、自分から誘っておいて、あの時なぜ泣いたんだ?」
「だって……弘臣さんに名前を呼ばれたら我に返ったの。なんてバカなことをしようとしているんだろうって」
「そうか。それならやはり君は身持ちが堅いな」
「……その結果オーライな感じが嫌なの。それにあの夜から弘臣さんに切り替わっちゃって……変わり身が早いのよ」
変わり身が早い、か……。
「君はほかにも好きな男がいたのか? それだったら変わり身が早いというのも頷けるが――」
「いるわけないじゃない! 6年前から好きなのは弘臣さんだけ!」
俺だけ……と言った……か?
「弘臣さん?」
「……何だ?」
「信じてくれない? 好きなのは本当に弘臣さんだけ」
「……」
「本当なの。弘臣さんだけずっと好き」
「わ、わかった。もうよせ。疑ってるわけではない。……耐えているだけだ」
「耐えるって何を?」
きょとんと俺を見る文乃は気づいていない。
文乃に好意を伝えられる度に心を撃ち抜かれているということに。
いちいちかわいすぎる文乃の声と表情に、俺は耐えるしかない今夜を憂う。
「あの……6年前は本当にすみませんでした」
しょぼんと謝る文乃を見ていると、宥めてやりたくなった。
俺は文乃の頭をガシガシと撫でる。
「君も辛かったんだろうと今なら思うよ」
「怒ってない?」
「今更だろう」
「そうなの? あの時ね、弘臣さんが私の手にキスをして名前を呼んでくれたのが、ずっと忘れられなかったの」
「そうか。それなら、俺の気持ちは届いていたということだな」
「気持ち?」
俺は文乃の手を取って指にそっと口付けた。
「『こっちを向け』と思っていた」
じっと見つめてそう言うと、文乃は途端に顔を真っ赤に染める。
「ちょ、ちょっと……急にそんなことをしないで」
「ん? 悪い。君の手が綺麗だから思わず」
――と話している間にも、文乃が俺のそばを離れようとする。
「おい、どこへ行く」
「だっ、だって……」
口ごもる文乃の顔は真っ赤だ。
唇へのキスより、指へのキスの方が照れるというのは何とも不思議だ。
俺は文乃の腕を掴んで、膝へと引き戻す。
「ちょっと! 私のことを勝手にグイグイ引っ張らないで」
「文乃がかわいい反応をするからだろう」
クスッと笑いながらそう言うと、文乃が目を瞬かせて俺を見つめる。
「な、何て……? ちょっと聞こえなかった。私がどんな反応をするせい?」
「ん? だから文乃がかわ……なんでもない」
何をつらつらと言ってしまったんだ……。
俺の口は、いつからこんな甘い言葉を並べるようになったのだろう。
こんな――
「えー、もう一回言ってよ」
「断る」
冷たくて、口の悪い俺が。
だからこそ気になっている。
「なあ、聞きたいことがあるのだが――」
こんな俺の、どこがいいんだ……。




