01-03.
二杯目はノンアルコールカクテルにすることの多い弘臣さん。
でも今夜は珍しく「強めのアルコールがいい」と言うので、辛口カクテル『アンダルシア』をサーブ。
何だろう、ちょっと弘臣さんがソワソワしている気がする。
「弘臣さん、どうかしたんですか?」
すると弘臣さんが、いつになく大胆にカクテルを一気飲みし、突然話を切り出した。
「その……君に頼みたいことがあるのだが……」
「頼み? 何ですか?」
「君は確か、明日は仕事が休みだと言っていたな?」
「そうですけど」
「もし可能ならば、夕方から少し買い物に付き合ってはもらえないだろうか」
「買い物ですか?」
「ああ。急ぎで贈り物を買いたいのだが、俺はあまりセンスがない」
「贈り物……」
誰にだろう。
そんなことを思っていると、弘臣さんの言葉が続く。
「忙しければ急な話だから断ってくれてもいい。無理ならばほかの者に頼む。どうだろうか?」
ほかの者って誰だろう。
別の女の人?
そう思うと気持ちが急く。
「大丈夫です」
「そうか。それは助かる」
そして私は気になっていることを少しだけ勇気をもって聞いてみることにした。
「何を買うんですか?」
すると弘臣さんはツイッと目を逸らす。
「……クラッチバッグ」
それって女性向けだよね……っていやいや、まだわからない。男性向けだってある。
心臓が嫌な音を立てるのを感じながら、私はさらに踏み込む。
「へー。えっと……用途は?」
「明後日のパーティーに持っていく、と言っていた。化粧品などを入れるのだろう」
化粧品……。ほぼ贈り主は女性で確定。
チクリと胸に針を刺されたかのよう。
いやいやいや、今時メイクをする男性だっている!
私は震えそうな声を堪えながら核心に迫る。
「それは……どんな人に贈るんですか?」
すると弘臣さんは、照れた顔を一瞬見せて目を逸らした。
「そうだな……年上で、美しく気高い女性だ」
ガツンと頭を殴られたかのような衝撃。
もう逃げ場がないほど女性で確定だ。
知らなかった。そんなふうに贈り物をするような相手がいるなんて。
女性に興味なんてないと思っていたのに……。
そもそも久我さんの店でフラッと落ち会って、たわいもない会話をして帰るだけの仲。
恐らく知らないことの方が多い関係だ。
私は引きつりそうな頬を必死に堪え、努めて明るく振る舞う。
「そういう女性なら、ハイブランドの物のほうがよさそうですね」
「ああ、金額に糸目はつけない」
あぁぁぁ、もう私、砂になって消えてしまいそう……。
金額に糸目なんてつけないほどの物を贈る、本気の相手ってことだよね。
「そ、それじゃあ、お店リサーチしておきますね」
「助かる」
それから二言三言話して、弘臣さんはバーを後にした。
弘臣さんの背中を営業スマイルで見送る私。
その実、ショック以外の何物でもない。
心の中は砂漠のようにカラカラに干上がっていった。
翌日夕方、弘臣さんとの待ち合わせ場所へ向かう。
(あぁぁ、憂鬱……)
歩きながら私は盛大な溜息を溢す。
店のリサーチをした昨夜は、虚しさで胸焼けしそうだった。
途中で投げ出さなかった自分を褒めてあげたいほどだ。
そして今日、休日にいつもやっている新作カクテルの創作意欲はゼロ。全く進まなかった。
(買い物に付き合うなんて言わなければよかった……)
約束の時間より少し早く待ち合わせ場所の駅前に着くと、弘臣さんはすでに来ていた。
目に映るその姿に、憂鬱な気持ちが一気に吹き飛ぶ。
(はぁぁ……私服姿、かっこいい……)
久我さんのバーで会う時、大抵弘臣さんはお勤め帰り。
眼鏡をかけ、ぴっちりと撫で付けられた髪にスーツ姿。
どこにも隙のない服装なのがお決まりだ。
その姿は実年齢よりも老けて見える。
それなのに今日は、なんて隙だらけなのだろう。
眼鏡をかけておらず、自然に下ろしたサラサラヘアーは爽やかな青年のよう。
若々しく端正で美しい顔立ちが全解放されている。
そして白のTシャツに黒のテーラードジャケット。
いつもはシャツとネクタイできっちりと整えられた首元が、今日はずいぶんと緩い。
おかげで色っぽい喉仏が、いつもより開放的に見える。
背が高く男性らしい体つきを惜しげもなく晒す無防備な弘臣さん。
なんて暴力的な視界だろう。
おかげで周りの女性たちからチラチラ見られているけれど、本人はどこ吹く風。
遠くを見つめているだけで全く気にする様子がない。
今から私はあんな素敵な人の隣を歩くんだ。
私は一度深呼吸をすると、背筋を伸ばして弘臣さんの元に駆け寄った。
「お待たせしました」
「いいや、俺が早く来ただけだ。まだ時間より早いくらいだから気にするな。さあ、どこの店に向かえばいい?」
「あ、えーっと……じゃあ、まずは――」
「こんなのはどうですか?」
訪れた店で、私は華やかなピンクの花柄のクラッチバッグを示す。
すると弘臣さんはじっと私を見つめてから、眉間に皺を寄せた。
「うーん……華やかすぎるような……」
今日は妙に弘臣さんに見つめられているように思うのは、気のせいだろうか。
自意識過剰なら恥ずかしいけど……弘臣さんにとっても、今日が少しくらい特別な日に感じられていたら嬉しいのに。
「そ、そうですか。うーん……じゃあ、これ?」
「うーん……これだと地味すぎるような……」
無地ではダメらしい。
それならばと、彩りが控え目な幾何学模様の描かれたクラッチバッグを示す。
「おお、そんな路線がいいような気がする」
「わかりました。それなら……」
比較的落ち着いた色合いの幾何学模様やドット柄、落ち着いたベースカラーに差し色でビビットカラーが入ったもの、レザーに柄が型押しされたタイプのものなど、リサーチしておいたいくつかの店を回り、様々なクラッチバッグを見て回る。
これはどうだろう、こっちはどうだろう。
そんなふうに一生懸命探しているうちに、時折ふと過って考えてしまう。
(これってほかの女性への贈り物なんだよね……)
考える度に苦しさが湧き上がり、その度にかき消して……忙しない感情の変化と共にクラッチバッグを探した。
「これでおおよそ見終わりました」
全ての店を回り終わってそう言うと、弘臣さんは眉間をグッと押さえて俯いていた。
「そうか……君がいてくれて助かった」
辛そうな顔で目を瞑る弘臣さん。
「大丈夫ですか?」
「ああ。人が多くて目が疲れただけだ」
人混みは酔うから苦手だという弘臣さんらしい疲れ方だ。
「それなら弘臣さん、カフェで一旦休憩しませんか?」
「そうするか」
買い物に来てカフェで休憩。
まるでデートのようなのに、そうではない。
端から見るとどう見えるのだろう。
恋人っぽく見えていてほしいけれど、買いに来たのはほかの女性への贈り物。
虚しい。
そんな複雑な思いを抱えながらカフェへ向かった。




