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サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.07 治療

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07-02.


翌週の仕事では、私は確かな手応えを感じていた。

常連客にも表情が柔らかくなったと言われたし、これまで以上に有意義な時間を過ごせたと喜んでもらえた。

こんなにも仕事が楽しいと思えたのはいつぶりだろう。

私は少しだけ自信を取り戻し始めていた。


「よし、この調子で頑張ろう」


小声で呟いて、機嫌良くバーカウンターに戻った。



その日、私が一人のゲストの接客を終えると、佐々木さんに囁かれる。


「堀田さん、8番カウンターに新規のお客様がいらっしゃってます。お願いします」

「わかりました」


私がゲストの元へ向かうと、50代前半くらいの派手さの目立つ女性客がいた。

一呼吸置くと、ここ最近取り入れている柔らかい表情でゲストの前に立つ。


「いらっしゃいませ」


女性ゲストは、どこか訝しげな表情をしていた。何となく違和感を覚える。

でも皆川さんの言葉をしっかりと胸に刻む。

そうだ、ゲストにとっての理想のバーテンダー像を演じるんだ。


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


そう聞くと、少しムッとした表情の女性が私に告げる。


「アレキサンダーをいただける?」

「かしこまりました」


機嫌が悪い理由はわからないけれど、ここでは少しでも気持ちよく過ごしてほしい。そしていい店だと思ってほしい。だから表情に気を配ることはもちろん、カクテルの質にだって手は抜かない。

私はシェイカーにブランデー・生クリーム・カカオリキュールを注ぐ。

シェイカー内の硬質な音から角が取れ、柔らかな音に変わったタイミングで丁寧にグラスに注ぐ。そして仕上げにすりおろしたナツメグは、立役者としてカクテルを美麗に飾り、全体の香りを引き締めてくれる。

よし、いい仕上がり。

スマイルを忘れずにサーブだ。


「お待たせ致しました。アレキサンダーです」


相変わらず訝しげな表情の女性ゲスト。

シェイクの感触も良かったし、いい味にできているはず。気に入ってもらえるといいな……。

ところが、女性ゲストはグラスを手にしてカクテルを眺めると、みるみるうちに表情を険しいものに変える。

何だろう、この短い間に何かおかしなことをしてしまっただろうか。

ギロリと睨みつける女性の目つきが恐ろしく感じられて、私は思わず目を逸らす。

よくわからないけれど、とにかく平常心を保って柔らかい表情で堂々としていよう。

そんなふうに考えながら使用済みの道具を片付けるために手元に目を向けていると――


「バカにするのもいい加減にしなさいよ!」


突然の怒声が響いた瞬間、急に体に冷たさを感じて肩を竦める。

頭が鈍って、何が起きたのかすぐには理解できなかった。

ただ、口元からお腹にかけてが異常に冷たいことだけは認識できた。


冷たい液体が頬を伝って顎の先から垂れ、バーカウンターにピチャリと滴る。

そして首元から入り込んだそれは、ねっとりと素肌を這うように胸部を伝って腹部へと流れ落ちた。

口元からお腹にかけてが酷く冷たくて、私はその場でただ目を見開いて固まっていた。

スローモーションのようにゆっくりと見下ろせば、黒の制服が白く染まっているのが見える。

カクテルをかけられた……? 

そう認識するまでに随分時間を要した。

どうして……? 

突然のことに体がこわばって身動きが取れない。

何が起きたのか認識できるようになるにつれて、体が凍りつくように冷たくなって、体の震えが止まらなくなった。

すると何も言わない私を見て、余計に女性は声を荒げる。


「聞いてるの? まったく……何なのよ、この店は! 何度言ったらわかるの? アレキサンダーはジンベースで出してと言ってるじゃない!」


割れんばかりの勢いでダンッと大きな音を立ててグラスをカウンターに置かれ、そして激しい剣幕で怒鳴られ……私はただただ恐怖を感じて竦み上がっていた。


(ジン……ベース……?)


呆然としていた私は、鈍る頭を必死に働かせてハッとする。

欧米ではジンベースのものが出される、という知識はある。でも日本ではアレキサンダーはブランデーベースのものが一般的で、この店でもそれが基本メニュー。ゲストからの申し出がない限り、ブランデーベースで作る。でも、このゲストはジンベースを希望していたらしい。


「た、大変申し訳ありません。す、すぐに……ジンベースで、お、お作り直し致します」


私のか細い声は酷く震え、道具を握る手もカタカタと震える。


「あなたね! 作り直せばそれでいいとでも思ってるの? もう結構よ!」

「あ、あの……でも……」

「馬鹿の一つ覚えみたいに同じことばかり! 一流ホテルのバーテンダーがこんな接客だなんて呆れるわ!」

「も、申し訳……ありません」

「もっとまともなバーテンダーはいないのかしら? こんな客の顔も覚えられないようなのばかり。この店も終わってるわね」


すると皆川さんが私に近づく。


「お客様、恐れ入りますが――」

「まったく、三流のバーテンダーなんていらないのよ。あなたみたいなのは向いてないわ。さっさと辞めなさいよ!」


私を指さしながら向けられたその言葉に、目を見開く。

三流? 私……いらない? 向いてない? 

呆然とする私の隣で、皆川さんは毅然とした声を上げる。


「ほかのお客様のご迷惑になりますので、あちらへご移動いただけますか?」

「うるさいわね! こんなバー、二度と来ないわよ!」


皆川さんの言葉をも振り切って、女性ゲストはスタスタとバーを出て行ってしまった。


周りでひそひそと何かを話す声、クスクスと笑う声、私の息づかい、心臓の音……それらの音がごちゃ混ぜになって耳障りに響いてくる中、私は呆然と辺りに飛び散ったカクテルを拭き取った。

体にかけられたカクテルのせいだろうか。寒くて手足が震え、足元が覚束ない。


「堀田、カクテルが目に入ってはいないか?」


皆川さんに声をかけられてハッと顔を上げる。


「……あ、はい、大丈夫です」

「そうか。一旦下がれ」

「で、でも、片付けがまだ……」

「俺がやるから下がれ。すぐに着替えろ」

「……は……い」


すると五十嵐君もそばに立っていた。


「堀田さん……」


あぁ、そうだ……後輩の前だもの。しっかりしなくちゃ。


「ごめんね。大丈夫よ。仕事に戻って」


私は微笑みを向けてから更衣室に向かった。


ストレス展開へ……

すみません、どうぞお見守りくださいませ(* > <)⁾⁾ペコリ

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