表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.06 チーフ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/62

06-14.


それから三日後、皆川さんの指示で女性二人組のゲストを担当することになった。


「いらっしゃいませ」

「あの、私たち、バーって初めてなんですけど……」


なるほど。皆川さんがわざわざ私に担当しろと言ってきた意味がわかる。

そして私の顔を見て、すでに萎縮気味の女性二人。

このままでは、かつて喜多見さんが見送ったゲストの二の舞だ。

皆川さんに言われたことを思い出せ……思い出せ……。


『まあとにかく、素人にももう少し優しく。ゲストをよく見る。しっかり話を聞く。そして、スマイルだ』


そうだ、スマイル! 最初はギギーッと音の鳴りそうなものだったけれど、ここ数日でキキッと小さな音が鳴る程度にマシになったはず! 

私は存分に練習の成果を発揮すべく、笑顔を浮かべた。

するとゲストの二人はポカンと私を見る。

やっぱりまだ下手!? 

いやいや、スマイル以外も実践するんだ。そうだ、私は今、『バーテンダー・堀田文乃』。目の前のゲストが気持ちよく過ごせるようにおもてなしをする。そのために自分を作り上げる。

皆川さんは言っていた。理想のバーテンダー像を自分に重ねて、理想の自分を演じろ、と。

誰をイメージしよう。

その時に思い浮かんだのは、私が大学生の時に接客してくれたベテランバーテンダー。ホッとするような穏やかな微笑みで……。


「どうぞ緊張なさらず、ゆっくりとお過ごしください」

「あ、ありがとうございます」


声のトーン、口調、表情に気を配ってみた。次は観察。そして話を聞く。


「お飲み物のご希望はございますか? お好みに合わせてお作りすることもできます」

「どうしよう……。カクテルって、『シンデレラ』くらいしか飲んだことなくて……」

「ノンアルコールがお好みですか?」

「えっ!? あれってノンアルなんですか?」

「ええ」

「うわ、知らずに飲んでた……。なんかすごく美味しくて飲みやすいなって思ったけど……恥ずかしい」


どうやらカクテルには詳しくないご様子。

女性ゲスト二人は「リコって、そういうところ昔から変わらないね」「ごめーん」と話して顔を見合わせて苦笑いしている。

素人だって大事なゲスト。どんなゲストでも尊敬の気持ちを常に持つ。


「カクテルにはジュースのように感じられるほど飲みやすいものもありますから、無理もないことかと」


私がそう言うと、リコさんがほっとした様子で目を輝かせる。


「そうですよね! ゴクゴク飲めちゃうのある!」


女性ゲスト二人は「ゴクゴク飲んで潰れないでよ?」「もう、相変わらずお母さんみたい」「お母さんじゃないし!」と話して笑い合っている。少し緊張が解けたようだ。

『昔から』『相変わらず』か。


「お二人は、お知り合いになって長いのですか?」

「はい。私たち高校の時の同級生で、すごく久しぶりに会ったんです。それでちょっといいホテルに泊まっちゃおう、ってなって、それでここに」

「そうですか……」


『シンデレラ』が美味しくて飲みやすかった。そして久しぶりに会った二人……。

そんな話を聞いて、私はハッと閃く。


「お客様、もしよろしければ、『オリンピック』というカクテルはいかがでしょうか?」

「オリンピック……ですか?」

「はい。ブランデーとオレンジジュースを使用した、フルーティーで飲みやすいカクテルです。今日のお二人にぴったりかと」

「私たちに? それはどういう……?」

「実はこのカクテルのカクテル言葉は――」



しばらくして、カクテルを飲み終えた二人が満足そうな笑みで店から去っていく。

私はバックヤードに入ると、小さくガッツポーズをした。

カクテル『オリンピック』。

カクテル言葉は『待ち焦がれた再会』。

二人は「私たちにぴったり」と喜んでくれた。

そして「美味しいね」と頬を緩ませていた。

よかった……。

そう思って気づく、久しぶりのこの感覚。

バーテンダーになったばかりの頃は、ゲストに喜んでもらえるだけで心が弾むようだった。

いつの間にか技術の向上ばかりに囚われて、すっかり忘れてしまっていた。

初心忘るべからずだ。

そして理想のバーテンダー像を思い浮かべて接客することで、客観的に自分を見ながらゲストへの対応ができたように思う。

少しずつ『バーテンダー・堀田文乃』を作り上げていこう。

新しい目標ができた。


「よし、続けてみよう」


鼻歌でも飛び出しそうなほどの喜びに浸っていると、背後で突然、何かがひっくり返った音がする。

驚いて振り返ると、バックヤードに置かれていたゴミ箱が中身を飛び散らせて転がっていた。


「えっ……」


誰かが去って行く足音が微かに聞こえる。

何が起きたのかわからないまま、私は困惑と不安を胸に抱きながらゴミを片付けた。


(何これ……誰かが蹴飛ばした?)


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ