06-12.
喜多見さんが去った翌日から、皆川さんがチーフとなった新体制での仕事が始まった。
「じゃあ、今日からよろしく。俺は全体を見るから、堀田中心に進めてくれ」
皆川さんの言葉でスタッフたちはそれぞれ持ち場に就く。
私はバックヤードで開店作業をしながら皆川さんの言葉を思い出していた。
『堀田の今後しばらくの目標は、仕事中も笑顔で過ごすことだ』
繁忙期はそれどころではなく過ぎてしまったけれど、笑顔とは……。
愛想なんて良くしたら、余計に『女』だとか『美人』だとかいうカテゴリーに分類されるだけのような気がするのだが。
そう思いつつ、尊敬してやまない久我さんの言葉も思い出す。
『皆川さんから学べ。堀田に学ぶ気持ちがあれば、必ず何かが得られる』
本当に? あの軽い人から何を学べるっていうの? 珍しく久我さんの言葉すら疑ってしまいたくなるほどに、皆川さんに対して信用がない。
でも私はもう一度頑張ってみると決めたんだ。
真意はよくわからないけれど、とにかく皆川さんに言われたとおりにやってみることにした。
意識して口角を上げてみる。
笑顔ならいつもできていると思うけれど、皆川さんは「もっと心からのスマイル」と言っていた。
恐らく、普段の接客の時よりもっと笑えということなのだろう。
(笑う……笑う? そういえば仕事中って私、あまり笑ってないかも……)
そもそも楽しくもないのに笑うというのが難しい。何を思って笑えばいいのだろう。
でもそうすると一日の大半笑っていないってことになる。
それってもしかして表情筋に悪影響かな。表情筋って使わないと衰えるって聞いたことがある。もしかして弛む? 案外美容のためにも仕事中に笑うのって必要かもしれない。
私はそばにあるガラスに自分の姿を映す。
口角を上げてみると……怖い。
ニッコリしているつもりが、ニタァッと不気味に笑っているような不自然すぎる顔。
上司の指示だからというよりも、年齢を考えると自分の美容のためにももっと笑顔を――
「――さん。堀田さん!」
「うわっ、はい!」
男性スタッフの佐々木さんに呼ばれて肩を跳ね上げる。
夢中になっていて、佐々木さんがいることに気付かなかった。
「カウンター5番に新規2名様いらっしゃってます。お願いします」
「あ、はい! すみません」
見られただろうか。恥ずかしい。
気を引き締めてゲストの方へ向かうと、目に映る光景に、一瞬足が止まった。
若い男女で、男性の方はスマートなジャケットスタイルだが……女性の方が黒のロリィタ系ファッションだ。
レースのラメが照明に反射して眩しい。
「いらっしゃいませ」
努めて笑顔で接客を始めると、女性ゲストの方がコテンと首を傾げる。
「みか、カクテルってわかんなーい」
すると、一緒にいる男性ゲストがニッコリと笑う。
「みかちゅんは、甘いのが好きだろう?」
私は目を見開く。
みっ、みか『ちゅん』!? 今、みか『ちゅん』って言ったよね?
困惑する中、カップルの会話が続く。
「うん、みか、甘いのが好きー」
「それなら、甘いのお願いしまーす、って言ってみたら?」
「うん! じゃーあー、甘いのお願いしまーす」
うっわー……みかちゅんの好み幅広っ。仕方がない、狭めるか……。
そうだ笑顔。笑顔だ……。
ちょっと引きつりそうな頬を必死に堪えて私は問う。
「お、お客様、詳しくお好みをお伺いしてもよろしいですか?」
「うん。いーよ」
「どういった甘いものがお好みでしょうか?」
「みかは、ケーキが好き」
ケーキ!? 飲み物を聞いてケーキという答えが返ってくるとは……。
「えっと……クリーム系カクテルがよろしいでしょうか? それともフルーツをベースにしたものがお好みということでしょうか?」
「え? みかは、かわいいのが好きー」
かわいいの? カクテルに仕上がりの美しさや透明度を求めてはいるが、かわいいのって、それはどういう……。
「えーっと……かわいいのとおっしゃいますと、色などお好みはございますか?」
「ピンクもオレンジもイエローも水色もグリーンもかわいー」
ダメだ。幅が狭まらない。こういう素人の客は面倒で困る。
すると、みかちゅんがクシャッと顔を歪める。
「ねえ、まこちゅん、この人怖ーい。怒ってるみたい」
「そ、そんなことないと思うよ」
まこちゅん。男性にも『ちゅん』が付くのか……。
そんなことを思って苦笑いしていると、私のすぐ横に人の気配が。
皆川さんが立っていた。
皆川さんの方をチラリと見ると、目が合って私はハッとする。
(あれ? この人って、こんなに凜々しい人だった……?)
普段の軽薄な笑みは影を潜め、キリッと姿勢良くゲストを見据える精悍な顔つきの皆川さん。
私は隣で、ただ呆然とその姿を見つめた。




