06-06.
なぜ弘臣さんが夜間のこんな場所に……。
困惑しながらも、弘臣さんの顔を認識した途端、ポロッと涙が一粒溢れ出た。
(ダメ……!)
緩んだ気持ちを慌てて立て直す。
こんなところで泣きたくない。
誰にも弱い自分を見られたくない。
唇を強く噛みしめていないと、涙がどんどん溢れてしまいそうだった。
すると弘臣さんの大きな手が、私の手を優しく掴む。
そして弘臣さんの元へ引き寄せられ、肩を抱かれて……私の頬が弘臣さんの胸にトンと当たる。
「弘臣さん……?」
「嫌なら離す」
弘臣さんに包まれた私の顔は、恐らく五十嵐君からは見えない。ホッとしてボロボロと溢れ落ち始めた涙も、恐らく見えない。
だから私は無言で首を横に振った。
すると頭の上から弘臣さんの声が聞こえてくる。
「五十嵐……という名前だったな。悪いが去ってはもらえないだろうか。彼女は、君がそばにいることを望んではいないようだ」
弘臣さんの言葉に、五十嵐君は苛立ちを滲ませた声を上げる。
「はぁ? それって堀田さんは、あなたがそばにいることなら望んでいるとでも言いたいんですか?」
「さあな、それはわからない。これから確認することだ。彼女が望まないのならば、俺も去る。彼女の意思を尊重したいだけだ」
弘臣さんが静かにそう告げると、五十嵐君はクッと悔しげな声を漏らし、やがて去って行く足音が聞こえた。
「少し歩けるか? まだここは君の職場の目の前だ。嫌だろう?」
そんな弘臣さんの声に、私は酷く動揺していた。
ショックで泣きたい気持ち、五十嵐君に離れてほしかった気持ち、職場の目の前では泣きたくない気持ち。
何も話していないのに、どうしてこの人には私の心境がわかるのだろう。
そして『彼女が望まないのならば、俺も去る』という言葉。
誰にも弱い自分なんて見られたくない。それは弘臣さんにだって然りだということも、まるで理解しているかのようだ。
「はい……ッ……」
でも同時に、弘臣さんにだけは甘えたい気持ちがある。
それを伝えたら、軽蔑されるだろうか。
どうしたいのかわからないまま、私は弘臣さんの車へ移動した。
「どこか行きたいところはあるか?」
私は黙って首を横に振る。
「使え。泣きたい時は泣けばいい」
そう言って、ハンカチを私の手に握らせてくれる。
泣いてもいいの? 嫌わない? あなたにはどうしても嫌われたくない。
「俺が一緒にいないほうがいいならそうする」
みっともなく泣いている姿なんて見られたくない。でも一緒にいてほしい。
自分でもどちらを強く望んでいるのかわからない。
「俺に何かできることはないか? 君の力になりたいと思っている」
私の力に……? 望みを言ったら、そうしてくれるの? 嫌わない? 嫌われたくない……。でも今は、どうしようもなく甘えてしまいたい……。
「……――ッてして」
「ん?」
私は涙を堪えながら、顔を上げて弘臣さんを見る。
「ギュッて……して……ほしい……っ……」
恋人でも何でもない私が、あなたにこんなふうに言うことを許してほしい。こんな甘えたことを言う私を軽蔑しないでほしい。嫌わないでほしい。お願い……。
弘臣さんは私を見つめて憂いの表情を浮かべる。
そして一度私の頭をクシャッと撫でると、車のエンジンをかけた。
「わかった。君のマンションはこの近くだったな?」
「……うん」
「案内しろ」
弘臣さんの運転で私の部屋があるマンションへ向かった。
鍵を開けて部屋の中に入ると、ドアが閉まるよりも早く、痛いくらい強く弘臣さんに抱きしめられた。
「もう我慢しなくていいぞ」
弘臣さんの低くて落ち着いた声。
ドアがバタンと閉まると同時に、必死に堰き止めていた涙が次々と溢れ出した。
情けない姿を弘臣さんに見られたくない。
そう思って最初は堪えながら泣いていたのに、弘臣さんが優しく背中を撫でてくれるから……もう止められなくなった。
「私ね……っ……チーフに……なれなかったの……」
消え入りそうな震える声でそう告げると、弘臣さんは私を労るようにギュッと包み込んでくれる。
「そうか」
「悔しい……すごく、悔しい……っ……」
「そうだな」
「私より……ずっと実力のある人が来て……っ……全然敵わな……くて」
「……そうか」
「みんなに、認めて……もらいたかったのに……」
「ああ、そうだな」
「私なんかじゃ……なれるわけがなかった……」
そう伝えると弘臣さんに頭をポンポンと撫でられる。
「そんなふうに言うな」
「だって……本当にそうなんだもん。私なんて……っ……」
世界の舞台を諦め、チーフの座にも就けない。実力もなく、慕われもしない。
矜持を失った心はドロリと崩れるように力を無くし、溢れるように次々と弱音が流れ出る。
子供のように泣きじゃくる私を、弘臣さんはずっと抱きしめたまま背中を優しく撫でてくれた。




