06-03.
「なっ、なんでそんなに楽しそうなのよ」
「好きな方、いらっしゃるんですよね?」
「そんな話はしていないじゃない」
「え、いないんですか?」
「……知らない」
我ながらバレバレなごまかし方だと思う。
それにしても、この目の輝きようは何だろう。元カノってそんなに恋愛の話が好きだったっけ? イメージが湧かない。
「もうっ、そういう話じゃなくて……と、とにかく、職場で気まずくなるのが嫌なの。だから断るにしても断りにくいというか……かといって放っておくわけにもいかないし……」
そして私はチラッと元カノに目を向け、続けて問う。
「あなたなら……どうする?」
5秒ほど上を見て考えた元カノは、きっぱりと答えた。
「その場で全力で断ってました! 源臣さんしか考えられないので」
はぁ……なんで元カノに聞いちゃったかな。こんなピュアの塊みたいな子に聞かなければよかった。挙げ句、惚気られて、話す相手を間違えたことに今さら気づく。
幸せいっぱいな元カノに、嫉妬と羨望という虚しい気持ちばかりが募っていって――
「何をそんなに落ち込んでいるんだ」
「うわぁっ!」
突然、後ろから弘臣さんの声がした。上がった奇声は怪しさ全開だ。
「きゅっ、急に話しかけないでよ」
「普通に声をかけただけだろう。なんだその反応は」
訝しげに私を見る弘臣さん。
いくら鈍感な弘臣さんでもさすがに怪しんでいる様子。
すると元カノが意味深に笑って告げる。
「堀田さん、職場の後輩に告白されたらしいですよ」
「あっ、ちょっと! 勝手にバラさないでよ!」
「『すっごくいい子』らしいです!」
そう言って、元カノは逃げるように私と弘臣さんの前からいなくなった。
隣には、溜息を一つついた弘臣さんが座る。
お願いだから話題だけ振りまいて逃げるのはやめてほしい。
私は離れたところにいる元カノに恨みがましい視線を送る。
元カノはひょいっと視線を外して、何食わぬ顔で接客を続けていた。
元カノめ……。
「後輩とは、あの五十嵐とかいうヤツか?」
私はギクッと肩を竦める。
静かな声で呟くように聞く弘臣さんが何だか怖くて、まともに見られない。
「……はい」
「付き合うのか?」
そう問われて、勢いよく弘臣さんに視線を向ける。
あなたを好きなのに付き合うわけがないじゃない!
……と怒りを込めてぶつけてやりたいのに、できずにモヤモヤしたまま目を逸らす。
「付き合いませんよ」
「そうか」
どこか遠くを見つめる弘臣さんは、どんな気持ちでこの話をしているのだろう。
少しは妬いてくれたりしないのかな。
この間みたいにちょっと拗ねてくれたらいいのに。
動じていない様子の弘臣さんに悔しさが湧いて、私はポツリと弘臣さんに問う。
「……安心した?」
すると弘臣さんが大きく目を見開く。そしてキュッと唇が結ばれ、何も答えてはくれずに目を逸らされ……数秒後に「別に」と短く返ってきた。
そうだよね。安心したなんて言ってくれるわけないか。
言われたとしても特別な意味なんてない。
ほんの少しの期待で余計なことを口走ってしまった。
チクリと胸が痛んで、自分の発言に後悔する。
弘臣さんとは、二人でランチに出かけた日以降も、相変わらず水曜の夜に久我さんのバーで会っている。それは以前と同じ。
でも私自身の気持ちは少し変わった。以前より隣に座ることにドキドキするようになった。
「行くな」と言われて抱きしめられたことを思い出してしまうのだ。
そして弘臣さんの方も、何となく雰囲気や口調が柔らかくなったように思う。
優しく、包み込むように発せられる言葉が多くなって、それが余計に私をドキドキさせた。
元々好きだと思っているけれど、ここ最近は気持ちが溢れ出しそうなほどに膨れ上がっている。
それだけに、余計なことを聞かなければよかった……。
「今日は何を飲んでいるんだ? いつもと違う」
私の目の前に置かれているグラスがいつもと違うことに気付いたらしい。
「あー……うん。ラム酒ストレート」
「そのまま飲んでうまいものなのか?」
「うん。飲んでみる?」
グラスを弘臣さんの方にずらすと、弘臣さんがそれを手にして口に含む。
まもなくゴホッと咽せ込んだ。
「何だこれ。キツい」
「アルコール40度だもん」
「なぜそんな強い酒を飲んでいる」
私はカウンターに突っ伏してぼやく。
「だって……告白されたのを断ると仕事で気まずくなるのかな、とか、味方がいなくなっちゃうのかな、とか、明日、人事の発表だな、とかいろいろ考えると……キツいの飲みたくなったんだもん」
「人事の発表?」
「うん。うちのバーのチーフが退職することになったの。それで……次のチーフは私じゃないかって……」
「決まったのか?」
「ううん、決まってはいない。ただチャンスかもっていうだけ。元々東都ホテルにスカウトされた時、次期チーフとして採用だったから」
「チーフにはなりたいのか?」
「それは……働いているからには、より上のポジションに就きたいとは思う」
なんてかっこつけて答えたけれど、本音はチーフになりたくて仕方がない。
「そうか。それで、その人事発表が明日なのか?」
「たぶん」
自分がチーフになるのかまだわからないのに、期待と不安で心がグラグラと揺れ動く。
そして隠しようもなく期待の方が大きくて、ソワソワする気持ちが抑えられない。
バーのスタッフたちには好き勝手言われているけれど、チーフに昇格することで自分の実力を示すことにもなるはずだ。
『総支配人と不倫している』なんて思われている中で昇格するのは正直不安な部分もある。
それでもチーフとして手腕を振るえば、きっとどこかでわかってもらえる時が来るはずだ。
「私の……今後を左右する大事な人事なの……」
私はギュッと手を握りしめる。
きちんとした立場になって、スタッフたちに認めてもらいたい。
そしてもっと円滑に仕事をして、もっといいバーにしたい。
そういう重要な人事なのだ。
すると、頭にトンッと重みを感じる。
弘臣さんは何も言わず、私の頭をガシガシポンポンと撫でた。
大きな手で、優しく、ちょっとたどたどしく撫でられる私の頭。
私は一点を見つめて平静を装うものの、内心ドキドキだ。
(な、何これ……好き……好き好き! もっとしてほしい!)
……とは声に出せず、突っ伏したまま赤くなる顔を隠す。
許されるなら、抱きついて「緊張する~」と泣きつきたいくらいだ。
そんな甘えた気持ちが湧くほどに、私は気持ちが不安定になっているらしい。
「明日は大事な日なのだろう? 飲む量はほどほどにしておけ」
「う、うん」
この人の、時折見せる不器用な優しさが、私は好きで好きで堪らない。




