06-02.
「皆さん、何の話をしているんですか?」
私が影に潜む中、五十嵐君は集まっているスタッフにそう聞く。
「ああ、堀田さんのことだよ。総支配人と不倫してるっていう噂あったよなーっていう話」
「あー、あれですか? 総支配人が奥さんへの贈り物を選んでる時に、居合わせた堀田さんが相談に乗っただけらしいですよ」
「えっ……でも、腕を組んで歩いてたっていう噂が……」
「そんなの嘘ですよ。総支配人は超愛妻家なんですから。堀田さんも『素敵なご夫婦のお役に立てるのが嬉しい』って言ってましたよ」
五十嵐君の言葉に皆シーンと静まり返る。
「堀田さんは何でもすんなりきっぱり答えるし、センスもいいから、それ以来何かと総支配人が奥さんに贈る物を聞いてくるんだそうですよ。いつも奥さんが喜んでくれるみたいで、堀田さんも奥さんから直接お礼を言われたり――」
「い、五十嵐君!」
私は五十嵐君の言葉を遮って腕を掴むと、グイグイ引っ張って皆から離れた。
「ちょっと、余計なことをしないで!」
「えー、余計でした? だってみんな勝手なことを言ってるから腹立っちゃって」
「でも、あんなことを言ったら、あなたまでみんなから陰口を叩かれることになりかねないじゃない!」
すると五十嵐君がクスッと笑う。
「なんだ、僕の心配をしてくれてるんですか? 嬉しいな。堀田さんって、やっぱり優しいですね」
そう言って五十嵐君は顔を綻ばせる。
私が優しいとかそういうのはどうでもよくて、五十嵐君の立場を大事にしてほしいという話なのに……。
「と、とにかく私のことは庇わなくていいから」
「だって、見ていてもどかしいんですよ。堀田さん、本当は凄く優しくて面倒見がいいのに、言葉がちょっとキツいせいなのか何なのか、みんなから誤解されてる」
言葉がキツいことは何となく自覚している。学生の頃、友人に言われたことがあったから。気をつけるようにしていても、こと仕事に関しては妥協できない部分があるのだ。
「うん……もう少し気をつけるわ」
「でも堀田さんの指摘って的確だから、図星すぎてみんな認めたくないだけだと思いますよ? でもそれを受け入れて、言われたとおりにやってみると、滅茶苦茶うまくいくんですよね」
五十嵐君は私に笑顔を向けながら話を続ける。
「僕、堀田さんのこと尊敬してますよ。仕事もできるし、言い訳もせずに頑張るし」
「それは……ありがとう」
「それにバーテンダーとしてだけではなく、実は女性としても尊敬してて……」
「えっ?」
心底意外で目を見開くと、五十嵐君は苦笑いした。
「やっぱり……。堀田さん、全然気付いてくれないから、ちゃんと言わなくちゃって思ってたんです」
すると五十嵐君は笑みを仕舞い込み、いつになく真面目な表情で私を真っ直ぐ見つめる。
「堀田さん、僕と付き合ってもらえませんか?」
「……付き……合う?」
「はい。彼女になってください。僕、ここに来た最初の日から、ずっと堀田さんのことが好きなんです」
出勤早々の告白はさすがに不意打ち。動揺を隠せなかった。
「ちょ、ちょっと待って……急にそんなことを言われても……」
「別に急じゃないですよ。ずっと言いたかったことだし。でも堀田さん、全然僕の気持ちに気付いてなかったですよね?」
「……うん」
「のんびり構えて邪魔されても嫌だし、さっさと伝えておかないと、って思って」
邪魔される? 誰に?
意味がわからずにポカンとして首を傾げていると、五十嵐君の言葉が続く。
「僕みたいな年下じゃダメですか?」
「そ、そういうことじゃなくて……五十嵐君くんのことは、職場の後輩としか……」
「それならなおさら伝えて良かった。これからは男として見てください。返事はすぐでなくていいので、考えてみてください」
「あの……でもね……」
「お願いします!」
見てくれと言われて見られるものなのだろうか。でも五十嵐君の押しの強さに、この場は頷くしかなかった。
水曜日が巡ってきて久我さんの店へ行くと、弘臣さんはまだ来ておらず、何となくホッとする。
「こんばんは。久我さん、今日はラム酒をストレートでください」
「かしこまりました」
ちょうど元カノも店に立っていて、私のオーダーに目を丸くしていた。
「堀田さんがサイドカーじゃないなんて珍しい! どうかしました?」
「え? あー……うん、まあ……」
ラム酒を注ぎ終えてじーっと見つめる元カノは、心配と興味の入り混じったような顔をしている。
……話してみようか。
「その……後輩に……告白されて」
「えっ!? そ、それは、えっと……何と言っていいのか……」
「何も言わなくていいわよ。……その子、すっごくいい子でね」
五十嵐君は仕事もできて気も利いて、とても穏やかな性格だ。スタッフたちの中で唯一、わだかまりなく話ができていて、孤立する私にとって貴重な存在。でも――
「どうしたらいいものかと……」
自然と溜息が溢れ出る。
「どうしたら、と言いますと?」
私は元カノが差し出したラム酒のグラスを受け取って、グイッと呷る。
「誰にでも人懐っこい子でね、かわいい弟みたいに思ってたの。だからまさか告白されるとは思ってなかった。断ると気まずくなって、仕事しにくくなるのが難点ね……」
職場での唯一の味方を失いそうな予感に、私はガックリと項垂れる。憂鬱だ。
「断りたいんですね」
元カノにそう言われてハッと気付く。
ああ、無意識に答えちゃってたわ……。
いくら職場での唯一の味方と言えど、そんな理由で交際を受け入れるなんてありえない。
そして私は、どうやら五十嵐君を男性として見る気持ちが全くないらしいことにも気づく。
「本当にいい子なのよ。これからは男として見てくださいとか、返事はすぐでなくていいとか言われて……でもね……」
時間を置いたところで無理だ。
その理由は明白。
不毛とはわかっていながらも、ただ一人を思う気持ちはそう簡単に変えられるものではないのだ。
すると元カノは一身に興味津々な顔でズイッと身を乗り出す。
「堀田さん、もしかしてほかに好きな方がいらっしゃるんですね?」
私はギクッと肩を揺らす。
断定するように問う元カノの目はキラッキラに輝いていた。




