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サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.03 6年前の夜

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03-04.


心地よい温かさに包まれて、私は目覚める。

失恋をはっきりと意識した昨夜、泣くだけ泣いて、疲れて眠ってしまった。

そして私のいる場所は、なぜか弘臣さんの腕の中だ。

服を着たままとはいえ、いつの間にこんな体勢になったのだろう。

しかもちゃっかり弘臣さんの背中に腕を回してしまっている図々しさ。

でもすっぽりと包まれて自分の小ささを認識すると、守られているような安心感に身を委ねてしまいたくなる。

温かなこの場所に幸せを感じてギューッと抱きつくと、弘臣さんが僅かに身動ぎをした。

昨夜、弘臣さんは相当酔っていたようだ。どこまで覚えているのだろう。

メソメソ泣いた私の顔なんて、一切合切覚えていないことを願うばかりだ。


(瞼が重い……)


恐らく目が腫れているのだろう。

さらなる痴態なんて弘臣さんに見られたくない。

私は慌てて腕の中から抜け出すと、急いでバスルームに閉じ籠った。


「うっわー……」


目は腫れ、メイクも落としていなくてボロボロ。自分で見ても引く。

私はとにかくシャワーを浴びることにした。


お湯が体を覆うと、心地よさにハァッと息が漏れる。

それにしても妙に清々しい気分だ。自分の立ち直りの早さに驚く。

でもそれは少なからず弘臣さんのお陰だ。

もし弘臣さんが名前を呼んでくれなかったら、こんな気持ちでは朝を迎えられなかっただろう。


『文乃』


何だろう……あの声を思い出すと、キュッと胸が苦しくなる。


シャワーを終えると、少しはすっきりした顔になった。

簡単にメイクを済ませてバスルームを出ると、起きてボーッとベッドに座る弘臣さんと目が合う。

後ろ髪がちょっと跳ねててかわいい。


「お……おはようございます……」

「ああ」


顔を合わせるのが気まずい。

でも、私にはどうしても確認したいことがあった。


「あの、昨夜のこと……覚えていますか?」


どうか覚えていませんように……。

そう願って震える声で問うと、弘臣さんは首を傾げて私をじっと見つめる。

そしてしばらく待っても返事がこない。


「弘臣さん……?」

「あ、ああ、いや、その……すまない」


弘臣さんは頭を抱える。

これは「覚えていなくて『すまない』」という意味だろう。

無理もない。相当酔っていた様子だから。

それならこっちとしても都合がいい。


「覚えていなくても大丈夫ですよ。何もなかったですから。ホテルに着いてすぐ、弘臣さんが寝てしまったので、私もただ隣で眠らせてもらっただけです」

「……そうか」

「私、今日はこのあと仕事なので、そろそろ失礼します」


棒読みの台詞みたいにそう言って鞄を持つと、部屋の出口に向かう。


「あ、そういえば……私、水曜日は基本的に仕事が休みで、よく久我さんのお店に行くんです。またお目にかかれるといいですね」

「……ああ」

「それではまた」


ドアの外に出ると、私の心臓は途端に忙しない音を鳴らす。


(待って……私、何を言ったの!?)


何をどうして休みの日なんて伝えたのだろう。

これではまるで、弘臣さんにまた会いたいと言ったようなものだ。

昨日、失恋したばかりなのに。

そうだ、失恋したんだ。ショックだった。辛かった。

それなのに繰り返し思い出されるのは、私の姿を瞳に映し、指に口付けて名を呼んだ男の顔だ。


『文乃』


あの声と鋭い瞳を思い出すと、胸から初めて聞くような忙しない鼓動が聞こえる。

私のことを現実に引き戻してくれたあの声と、力強い瞳が頭に焼き付いて離れない。


「まさか……ね。立ち直りも乗り換えも早すぎだもの」


……――


6年前のその時に思った『まさか』が確信に変わるのは、それからまもなくのこと。

それ以来、久我さんの店で水曜に弘臣さんと会うことが何度か続き、いつの間にか会うことが日常になっていった。

弘臣さんは横柄で冷たいようで、でもふと優しさが見える瞬間があって、その度に胸がキュッと締め付けられる。

医学の話に疎かった私が、弘臣さんから少しずつ話を聞いて知識が増えていくのも楽しかった。

口の悪い弘臣さんとの会話に腹を立てながらも、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

もうあの夜から、私の心を占領するのは弘臣さんだけなのだ。

それでも、6年前に弘臣さんを久我さんの身代わりにしようとした事実は変わらない。

それは私の心にどんよりと残ったままだ。

あの夜を覚えていない弘臣さんに、私は罪悪感を残したまま恋心を抱いている。

弘臣さん自身が女性との交際に興味のない人であることも相まって、何も進まないまま6年が経過した。

そこへ来ての――


『君と……ゆっくり話をしてみたいのだが……』


本当に突然どうしてしまったのだろうか。


(まさか……少しは進む?)


変化にドキドキしつつも、相手は弘臣さんだ。そんなに簡単なら6年も経たない。

それに進んだら進んだで、6年前の私の罪を弘臣さんに明かさないわけにはいかないだろう。


(言えない……)


頭が少し冷えた。

私は身支度を整えると、弘臣さんとの待ち合わせ場所に向かった。


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