表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.03 6年前の夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/13

03-03.


すると目の前にいる『久我さん』がのっそりと起き上がって、私を逆に押し倒した。


「悪いが、押し倒されるのは趣味ではない」


その雄々しい行為と眼差しに、私はうっとりと笑みを向ける。


「ええ、お好きに」


もう何でもいいから好きにしてほしい。

私を見てくれる『久我さん』ならそれでいい……。

私は愛おしい『久我さん』を見つめると、手を伸ばして頬に触れる。


「『久我さん』……」


大好きな人の体温を感じ、私は幸せを噛みしめる。

そして射抜くような視線で見つめる『久我さん』は、頬に触れる私の手を取って、指に口付けをした。

ああ、私はなんて幸せなんだろう。

やっと私は満たされる……。


そう思って恍惚とした刹那――


「文乃」


頭の芯まで貫くような鋭い声が耳から飛び込んできて、私の肩がビクッと跳ねる。

聞こえた声に強い違和感を抱いて我に返った。

違う。

久我さんは、こんなふうに私を呼ばない。

いつも冷静な口調で『堀田』と呼ぶ。

店に客として行った時は、深く低い声で『堀田様』と呼ぶ。


「あ……私……何を……」


恐る恐る目の前の人を見つめる。

今、名前を呼んだのは久我さんではない。弘臣さんだ。

そう自分に言い聞かせるうちに、視界がじんわりと滲んだ。

自分の名前を、想い人ではない人に呼ばれて思い知る。


――終わったんだ。


そう思った瞬間、トゲだらけになった私の心がパリンと割れて、全てが粉々に崩れた気がした。


想い人ではない人に身代わりで愛情を求め、叶わない想いを満たそうとした。

実らない、行き場のない気持ちを、想い人ではない人に捧げようとしてしまった。

これでもう、この気持ちの清さは失われてしまった。

報われない苦しさに耐えきれず、自らの心を自ら汚して本当に終わらせてしまったのだ。

もう想いを向ける資格もないほどに……。


(私……何して……)


体がカタカタと震えて止まらない。

それと同時に実感する。

憧れだけではない、初めて自分から好きになった久我さんへの恋は、確かに存在していた。

ずっと偽物みたいな恋ばかりだった私が、初めて本気で恋をしていたのだ。

そして同時に失恋したのだ。

そう自覚した時、心の中で混沌としていた苦しみを洗い流すように、熱い涙が頬を伝った。

叶わなかった恋心をどう消化すべきなのか術がわからなかった私。

こんな道を踏み外すような真似をせず、ただ泣けばよかったことすら私にはわからなかったのだ。


(バカだな、私……)


嗚咽と共に零れる涙は、決壊するように次々と溢れ出し、後悔と罪悪感ばかりが募っていく。

すると――


「眠い。限界だ……」


突然、弘臣さんが私の手を解放して呟いた。


「え?」


弘臣さんはバタリと私の隣に寝転がると、背を向けてそのまま眠ってしまった。

その背中を、私はポカンと見つめる。


「嘘……寝ちゃうの?」


返事はない。

この状況で私は放置? 嘘でしょ? 

信じられない気持ちで返事のないその人の背中を眺めていると、だんだんこの光景がおかしく思えてきて、私はプッと笑った。


「何これ。押し倒しておいて寝ちゃうとか、どうなのよ」


笑いと共に、ホッとして涙がポロポロと溢れ出る。


「おかしな人……っ……」


それから私は気が済むまで泣いて、そして泣き疲れた頃に弘臣さんの隣で眠った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ