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サイドカーに罪を添えて〜理性的な外科医の特権愛〜  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
cocktail.03 6年前の夜

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03-01.

文乃過去編です。


バーテンダーという職業に興味を持ったのは、私が大学4年生の頃だった。

大学教授に付き添った学会の打ち上げで、生まれて初めてホテルのバーを訪れたのだ。

大人の雰囲気に呑まれそうになりながらも、目の前で作られる美しいカクテルに魅了された。

華奢なカクテルグラスに注がれるカクテルは、少しだけ背伸びをするような、自分を大人にしてくれるような、そんな魅力が詰まっていた。


「そのシャカシャカ振るの、かっこいいですね」


心を弾ませていた私は、ベテランであろう年齢のバーテンダーに思わず話しかけた。

するとバーテンダーは、ホッとするような穏やかな微笑みで答えてくれる。


「ありがとうございます。『シェイク』というものですよ」

「へーえー。こういうのができるようになるのって、やっぱり長年の修行が必要なんですか?」

「ある程度の練習は確かに必要ですが……やはりセンスが大事ですね。現に今、日本の……いや、世界でもトップを走るバーテンダーは、20代半ばの人ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ」


私とそう変わりない年で、世界のトップを走っている人。

どんな人なんだろう。

些細な興味が始まりだった。



「わぁ、とっても綺麗な人……」


帰宅してからインターネット上の動画サイトでその人を見つけた。


『トップバーテンダー・久我源臣』


男性なのに、その姿は優美という言葉がぴったりな華やかな人だった。


「かっこいい……会ってみたい」


目がハートになるなんて実際にはないと思っていたのに、まさに今、自分はそうなのだろうと思う。

アイドルに対する憧れのようなものだったのかもしれないけれど、久我さんは初めて自分から興味を持った男性だった。


久我さんの動画を手当たり次第に見ていた私は、『サイドカー』というカクテルを作っているものを見つけた。

ホワイトキュラソーとは何なのか。どうしてシェイクするのか。スプーンで混ぜるのとはどう違うのか。

興味を持った男性に関わることはどんどん知りたくなる性格。

気がつけばカクテルのことに詳しくなっていった。


元々ホテルスタッフへの就職が決まっていたこともあって、ホテルバーへの興味が深まっていった。

あわよくば、カクテルに関わっていれば憧れの久我源臣に会えるかもしれない。

そしてその時が来たら、じっくりと話せるようにカクテルに詳しくなっておこう。

そんな淡い期待を抱いていた。

その頃から、ほかのどんな男性と付き合ってもドキドキしなくなってしまった。


そして6年半前――久我さんへの興味にとどまらず、奥深いカクテルの世界にもどんどんはまり込んでいった結果、私はホテルバーでバーテンダーとして働いていた。

すると突然、私にチャンスが巡ってきた。

久我さんがゲストバーテンダーとして、私の勤めるホテルに来ることになったのだ。

憧れ続けた人に会える。

それだけで気持ちが高揚してたまらなかった。


その人は、その場にいる人たち皆の目を釘付けにしてバーへやって来た。

周囲の空気をも支配するような美しさと神々しさを纏うバーテンダー界の神様のようなその人に、私の心は一気に虜になった。


「堀田文乃です。私、久我さんに憧れてこの世界に入りました。久我さんの世界一とも称される技を、間近で見られるのを楽しみにしています。今日はよろしくお願いします」


自分からそう声をかけて「ああ、よろしく」と返された時、その深くて低くて穏やかな美声に、めまいがするほど胸が高鳴った。

そして私に目を合わせて微笑んでくれた。

もうそれだけで、私にとっては天にも昇る心地だった。


その日、私は久我さんの隣に並んで仕事をした。

「堀田」と名前を呼ばれた。

すぐ間近でカクテルを作る姿を見た。

ずっと夢心地だった。

憧れと恋との境目なんてわからなくなって、とにかくこの人のそばにいたいと心から願った。

でも、それは叶わなかった。

久我さんには揺るぎなく心を向ける相手・葉月さんがいたから。


私の想いは叶わず、恋心の行き場がどこにもない。

自分から好きになるのなんて初めてだったから、叶わなかった心をどう消化したらいいのか、術を知らなかったのだ。

だから、久我さんがほかの人を見ていようと何だろうと、好きな気持ちを持ち続けることにした。

そして知る。

叶わないとわかっていて好きで居続けることはとても辛い。

自分に向くことのないその瞳を見る度に、心にトゲが刺さるみたいにチクチクと痛み続ける。

それはどんどん積み重なって、自分で気づかないうちに心を弱くしていったのだと思う。

そんな時に、彼――弘臣さんに出会った。


6年前の夜、久我さんの店で初めて会った私と弘臣さんは、意気投合してカクテルを何杯も飲み進めながら楽しい時間を過ごした。

その時の私にとって弘臣さんという人は、憧れ続けた久我さんと似た姿形をした、ちょっとわがままな人で、私を見るその目に久我さんを重ねていた。

ずっと想いを寄せていた人に近づけているかのようで、心が満たされるような錯覚を抱く。

そういう相手だった。


店の閉店時間が迫り、私と弘臣さんは外へ出てタクシーを拾うため大通りに向かう。

途中、私は弘臣さんがかなりふらついていることに気付いた。


「大丈夫ですか?」

「ああ……だいぶ、飲みすぎたらしい。君との時間が有意義だったからな。こんなにも楽しいと思ったのは久しぶりだ」

「それって、私のこと口説いてます?」

「そういうつもりはないが……あー、くそっ……眠い……」


眠気を振り払いながら歩く弘臣さんをじっと見つめる。

眼鏡と髪型で隠されて実年齢より年上に見えるけれど、恐らく弘臣さんも、久我さんに似た美しい顔立ちをしている。

久我さんより体型は男らしさが際立つものの、顔立ちは久我さんを彷彿させる。

そして声も似ている。

そんな人が今、私のそばにいる。

弱った心が、誤った道へと私を駆り立てた。


「弘臣さん、そんな状態ではタクシーに乗れませんよ。少し眠ってから帰られたらいかがですか?」

「……ああ、そうだな。そうする」

「この近くのホテル、お探ししましょうか?」

「ああ、すまない」


私はスマホでホテルを探して部屋を取り、弘臣さんを連れてそのホテルへ向かった。


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