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 二学期。沙織が亡くなった後でも学校はいつも通りある。皆、沙織のことなんて忘れてしまっただろう、それくらい“いつも通り”の学校。D組もいつも通り。僕の目の前にある沙織の席には、いつも綺麗な花が飾られている。麻弥が毎朝水を取り替え、枯れてきたら新しい花に取り替えているのだ。勉強にちっとも力が入らず、9月半ばに行われる文化祭にも興味がわかなかった。うつろな表情、どこか上の空。それは僕だけでなく、麻弥もそうだった。僕たちはよく授業をさぼり、一番沙織を感じられる写真部へと通った。沙織が撮る写真はどれも、笑顔の絶えない写真ばかりで、そのなかに僕の写真もきちんと収められていた。ボロぞうきんのようだったあの頃。沙織がいなければきっと、今の僕はいなかっただろう。そう考えると、枯れたはずの涙がまた、出てきそうになり、ぐっと堪える。

 「やっぱり、僕、真実を知りたい。」

写真を眺めていた麻弥は顔を上げてじっとこちらを見る。

 「真実って?」

パタン、と音を立ててアルバムを閉じる。麻弥は最近食べ物が喉を通らないらしい、日に日に(やつ)れていくのがわかる。

 「石川真紀や、荒井真美、そして沙織の真実。」

 「もう、真紀さんのことは追わないって約束したでしょう?」

麻弥はキッと僕を睨み付ける。

 「でも、どうしても知りたいんだ。そうじゃなきゃ、僕らは前には進めないよ。このままじゃいけないって思うんだ。」

僕はじっと麻弥を見返す。

 「もう、やめてよ。思い出して辛くなっちゃうから」

泣き出しそうな麻弥に、ごめんと謝り写真部を後にした。しばらく見ていない真紀の姿。僕は思い切って昔のクラスに足を運ぶことにした。きっと、彼女はあの席にいるはずだ。



 昼休み。昔のクラスが近づくにつれ、僕の足取りは重くなった。廊下ですれ違う人々の目が気になる。廊下でたむろする男子数人が僕に気づき、ニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。肩に手を回し、まるで獲物を捕らえたかのような目つきで僕をなめ回すように見る。

 「あれぇ~どうしてD組の藤川君がこんな所にいるのかなぁ??」

僕はずしっと重い肩をふりほどくようにして、教室に入ろうとした。すると中にいた男子がドアに立ちふさがり、僕を睨み付ける。

 「何の用?」

 「どいてくれ。」

 「あ?何様な訳?」

僕は震える身体に力を入れて、力強く、

 「真紀に用があるんだ。どいてくれ。」

と怒鳴った。と、同時に男子達を含め、元クラスメイトが爆笑した。

 「おい、聞いたか?真紀に用があるだってよ。ウチのクラスに真紀ってヤツ居たっけか?」

 「キチガイD組に居て頭可笑しくなったんじゃねーの?」

わらわらと男子達が僕を取り囲んだ。

 「真紀、話がある、お願いだ、出てきてくれ!」

 「おいおい、キチガイはキチガイのクラスに行ってきなッ」

と腹をおもいっきし蹴られた。溝うちに入り、僕はうずくまった。息が出来ない。やっとの思いで息ができたと思ったら、今度は頭を上履きを履いた足で地面に押さえつけられた。

 「圭吾。」

真紀の声だ。しかし、頭を押さえつけられているので、見上げることが出来ない。腹の痛みに耐えながら、声を振り絞って出す。

 「真紀、真美と父さん、義母さんは今どこにいる?」

 「あ?なにコイツ、誰に話しかけてんだ?キメー。」

ぐっと持ち上げられ、サンドバックの様に殴られる。

 「圭吾、逃げた方がいい。」

ガンっという音と共に、目の前が真っ暗になった。






 「真美・・・!」

おびえる子羊のように、父親は腰を抜かし、私を見つめた。

 「あら、覚えていたの?」

フローリングに、ヒールの音がコツンコツンと鳴り響く。

「どっっどうしてこっここんなことを・・・!」

「どうして?さあ、どうしてでしょう。」

フフフっと思わず笑みがこぼれる。口をふさがれても叫ぶ雌豚を蹴り飛ばし、私は父親の髪の毛をつかんだ。

 「さあ、この包丁を持って。」

両足の腱を切り、歩くことも出来ない父親に包丁を握らせる。

 「殺るのよ。」

私は雌豚と小さな子豚を指さした。

 「やっっやだ!」

私は縛り上げた雌豚と子豚を父親の前に差し出した。逃げ出そうとする父親。

 「あら、見捨てるの?」

という言葉にピタリと動作が止まる。良い子ねと、白髪交じりの父親の肩に手を乗せ、耳元でささやく。

 「さあ、選んで。どちらかを殺せば、もう片方とあなたを生かしてあげる。」

荒い息と震えで父親はがたんと、膝をついて立つ。

 「昔みたいに、ねぇ?できるでしょ。ほら、早くしないと私がどちらも殺しちゃうわよ?」

私はナイフを子豚の首元に当てた。チラと父親に目をやる。いいの?切っちゃうわよ?さあ早く!


 しばらくして、父親は無言で雌豚の方に近づく。雌豚はおびえて首を振る。必死に何かを訴えようとしている。私は子豚の顔を押さえつけ、父親が母親を殺す様を焼き付けさせた。

 「いい?これがあなたの母親と父親よ。」

そっと耳元でつぶやく。小さな黒い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。あまりのことに、声を上げて泣き叫ぶことすらしない。父親に似て、良い子ね、とそっと頭を撫でてあげる。静かになった雌豚の前に呆然と立ちつくす父親。

 「ねぇ、母親を殺した父親に対して、将来娘は何をするとおもう?」

満面の笑みで問いかける。荒い息の父親は私をじっと見る

 「復讐よ。わかる?だから今あなたはここで死んだ方が身のためだと思うの。」

何を言っているんだ?という目つき。

 「いずれ娘に殺されるのよ?だったら、大事な娘が罪を犯す前に自分で死ぬのが親ってもんじゃない?」

小さな頭を撫でる。

 「それか、私が罪を犯す前にこの子をあの世に送ってあげるわ。」

 「やっっやく、やく、約束が違うじゃないか!!」

 「ええ、約束はきちんと守って今貴方たちを生かしてあげてるじゃない。でもね、私は将来のことを考えて提案しているのよ。どうする?」





自殺した父親の息の根が止まる前に、握りしめた包丁を、そのまま小さな女の子の胸に刺した。静かになった部屋に、灯油をまき、火を付けた。


真紀、私ついにやったよ。


待っててね。私もそっちに、直ぐ行くからね。


大きな青空、赤く染まった手を太陽にかざしながら。





目を開ける。グワン、グワン、グワンという耳鳴りと頭痛、視界が良くない。しかし、ぼんやりと麻弥の姿が見えた。

 「ま・・や?」

 「圭吾ッッ」

麻弥はぎゅっと抱きついてきた。痛みで思わず声を荒げる。しかし、声はかすれて上手く出ない。ごめんなさい、でも本当に心配したんだから。と麻弥は大粒の涙をこぼしながら僕の手を握りしめた。

 「大丈夫?」

もう一人の声。そう、それは紛れもなく真紀の声だ。しかし姿は見えない。

 「真紀?」とぼそりとつぶやく。

 「真紀?私のこと、わからない?」

 「ううん、何でもない、麻弥。・・・・ここは?」 

 「病院。学校の近くの。もうすぐしたら圭吾のお母さん、来るって。」

麻弥にお願いをしてベッドをたててもらう。外は西日が差していた。

 「圭吾、逃げた方が良い。」真紀の声だ。

 「逃げる?」

 「え?」

 「いや、真紀が。聞こえない?」

麻弥は首を横に振る。真紀の声は、どうやら僕にしか聞こえないようだ。

 「あたし、ちょっとお茶買ってくるね。」と、麻弥が席をたった。

 「圭吾、逃げた方が良い。」

 「さっきから、何?」

姿の見えない真紀。声を頼りに、真紀の姿を探す。

 「時が駆け戻る。早く逃げないと、圭吾、」

コンコン、とノックの音が聞こえた。どうぞ、と声を掛ける。

失礼します、と二人が入ってきた。



僕は息を呑む。一人は見知らぬ男性、もう一人は―――真紀だ。

年を取った、真紀。



 「ふふふ、驚いてるわね。真紀、じゃないわよ。私は真美。」


ふわりと、カーテンがなびく。

 「この日を俺はずっと待っていた。」

男性が、ポツリとつぶやく。西日に反射して輝く刃。反射して視界を遮られる。

 「今から君には死んでもらう。」


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