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 真夏。

 皆、山へ行ったり海に行ったり実家に帰ったり。

 東京の住宅地はシンと静まる。

 僕の家は思い空気が漂っていた。父から連絡はない。母は沢山の薬を飲み、元々細かった身体が一層細く、やつれた。毎日寝たきり。起きたと思えば奇声を上げ、自分の両腕を抉るようにかきむしる。


 蝉はよく鳴いている。


 冴織は旅行がてら、鳥取にいる晃子先生の所に寄るらしい。僕は渋谷の写真館に足を運んだが、彼は二年前に独立し、今はアフリカで写真を撮りに行っているらしい。夏休みなのに、何もすることがない。テレビゲームも、インターネットも、飽きてしまった。健司とは何度か遊んだが、ペットショップの手伝いが忙しいらしい。


 壊れた母とただ毎日静かな家でただただ、長い一日が終わるのをじっと耐えるだけ。


 このままではいけない、そう思い行動したのはお盆時。部活動も、先生も居ない学校に侵入する。廃校みたいに、静か。下駄箱には上履きだけが、ズラリと並ぶ。前のクラスの下駄箱に向かい、竹内をはじめ僕が嫌いな男子の上履きを左右逆さまにしとく。小さな反抗。前のクラス、窓際の一席に彼女がひとり、座っていた。黙って近づき隣に座る。長い間、ただ座っていた。暑さに耐えられず窓を開ける。今日は風が吹いていない。ワイシャツの袖で額の汗を拭う。

 「誰も居ない教室は、寂しい」

彼女は視線を外に向けたまま、ポツリと呟く。

 「真紀はいつもここにいるの?」

初めて彼女の名前を呼んでみた。彼女は振り返り僕の顔を見る。

 「私は学校の外には行けない。」

悲しそうな顔をする。僕はそう、と呟く。

 「でも、お盆と、正月はね、家に帰れる。外に出られる。」

 「良かったじゃん。実家はどこ?」

彼女はうつむく。

 「実家はもうない。両親は、私を供養してくれてないから。」

 「酷いね。真紀の、えっと…お墓は?」

 「千葉にある。海がよく見える所。でも千葉に思い入れはない。」

 「そっか……。あ、ねえ、どうしてこの前?麻弥を殴ったりしたの?」

「麻弥?誰、その人」

「ほら、僕といつも一緒にいる、ロリータ風、わかるかな?フランス人形っぽいって言った方がわかる?」

「知らない。」

「ちょっとまって、たしか携帯にプリクラがあったはず。」

「自分が見たいものしか、見えないんだよ。私達は。」

顔を上げ、真紀を見る。

「しかも、私は人にも、物にも触れられない。」

「そっか、そうだよね。ごめん、変なこと言って。」

じゃあ、麻弥が見たのは、一体誰だったんだろう。


 ジワジワと鳴く蝉。

悪いことしたな、というちょっとした罪悪感から、口を開く。


 「ねえ、今は外に行けるんだろ?お盆だし」

 「うん。」

 「どっか行きたいとこないの?暇だし。付き合うよ?」

馬鹿な事を言うな、って自分でも思ったけど、

 「本当?本当にいいの?」

初めて彼女が興奮して話す姿をみて、どうでも良くなった。彼女が霊であろうと。

 「渋谷に行ってみたい。09に。」

 「マルキュー?ああ、109ね。わかった。じゃあ明日の10時に○○駅に集合…来れる?」

彼女はうん、とうなずく。霊と渋谷に行くなんて、映画やドラマみたいだと思う。非現実的すぎて僕はどうかしてるとも思う。でも、父が居なくなり母が壊れ、僕はいじめにあい…みんな自分には関係ない話だと思った出来事が起こった今、何が普通で、何が普通でないのかわからなくなった。教室を出る間際、

 「約束だよ。私、待ってるから。」と言う彼女に手を振り学校を後にした。





 10時。改札前の柱に彼女は立っていた。いつも通り彼女は制服姿。

 「ごめん、待った?」

 「昨日からずっと。」

 「はぁ?疲れたでしょ。」

 「面白い事言うね。」

 彼女はクスッと笑う。初めて彼女の笑い顔を見た。僕は渋谷迄の切符を一枚買って、電車に乗り込んだ。電車の中では無言。本当は色々彼女に話掛けたいんだけど、流石に周りの人の視線が気になってしまう。お盆で人気がない住宅地と違い、渋谷は人がたくさんいた。

 「てかさ、何で制服なの?」

渋谷なら、独り言を行っているように見える僕に誰も気に留めない。

 「制服姿で燃やされたから。」

 「ごめん。」

 「謝らないで。」

 スクランブル交差点。人の波に乗りながら、銀色に光るビルに向う。店内は冷房が効いてて涼しかった。が、僕がいるべき場所じゃないと気付いた。女性ばかり、きらびやかな服や、小物がずらりと並ぶ。茶髪で細身の店員が呼び込みをする。彼女は嬉々として色んな店の中に入っていった。僕は店の外でただ彼女を眺めていた。周りの人には見えない彼女。

 「この店、みていい?」

 彼女はLIZLISAとかかれた、なんとも女の子らしい店に入っていった。フリフリ、白やピンク、花柄のワンピース。彼女が手招きする。僕は中に入るのをためらいつつ、ゆっくりと彼女の傍にいく。

 「これ、可愛い。」

彼女が指差したワンピースを僕は手に取る。白い生地、中生地に花柄。二枚重ねでウエストには薄ピンクのリボン、背中には白いリボン。

 「いかがですかぁ?これ、新作で一番人気なんですよぅ。」

髪の毛をクルクルに巻いた、店員が話し掛けてきた。僕は戸惑う。

 「彼女にプレゼントとかですかぁ?」

 「あ、はい。でも、」

 「じゃあこれぴったりだと思うんですよ~人気で、白は今出てるのしかもうないんです。これの色違いですけど、あそこの店員が着てます。きっと彼女、喜ぶと思いますよぉ。」

 確かに、可愛いと思った。でもこれを買ったって彼女が着れるわけがない。チラと彼女を見た。楽しげに店内の洒落た商品、同年代くらいの客をじっと見つめていた。無邪気で、でもどこかしら寂しげな目。ああ、私もこんな格好して、こうやって友達とお買い物できたらな・・・と言っているかのような。

 「じゃあこれ、買います。」

ありがとうございますと店員は笑顔。可愛い紙袋に包装してくれた。こんな姿を知り合いに見られたら間違いなく誤解されてしまう。急いで僕は持ってきた鞄の中に押し込んだ。



 「千葉に行こうか?」

マックで一人昼ご飯を食べながら、迎えの席にいる彼女に話しかけた。若者でごった返した店内では、もちろん僕の声なんて誰も気にしていない。

 「いいけど、なんで?」

 「なんとなく。」

 「じゃあ行こう。」と、言うなり彼女は走って行く。人混みを通り抜けて。僕は身体をよじり人混みを掻き分け彼女の後を追う。


スクランブル交差点。人の流れに逆らい、メトロに乗り込む。いつもなら、嫌だといって行かない。いや、そもそも霊と話なんかしないし、霊になんかと渋谷に行かない。服なんか買わない。でも何故か、身体が勝手に動くかのように、彼女の言いなりになってしまう。


 不快感はない。

 新橋で乗り換え。千葉駅でまた乗り換え。

 どんどん知らない世界。

 どんどん高いビルから緑の景色。人気がない電車。彼女は外の景色を黙って眺める。

 ガラス窓には僕しか写っていない。ゆっくり目を閉じた。彼女に起こされるまで、つかの間休憩。

 駅から降りた、直ぐにバス。彼女の墓場につく頃には16時を回っていた。海風が気持ちよい。久々の、海。



 ズラリと高台に並ぶお墓、彼女の姿は見えなくなった。僕は一つずつ墓石に刻まれた名前を見る。彼女の墓は荒れ果てていた。伸びきった雑草。僕はしゃがみこみ、丁寧に雑草をむしる。彼女が言っていた通り、両親は供養をしていないらしい。何だかとても、悲しい気持ちになった。だから無心で、ひたすらむしる。雑草をひと通り抜き終えたら水場へ。置いてあったバケツに水を汲み、タワシやスポンジを持っていなかったので、ハンカチを水に濡らして墓石を磨く。砂でカサカサになった墓石。白いハンカチは直ぐ茶色に染まる。

石川真紀の文字を一つずつ、拭き取る。干からびた花立てを水ですすぎ、雨水の跡が付いた香炉を綺麗に拭く。ばあちゃんと墓参りへ行っていた昔を思い出す。

 『ご先祖様が眠っているお家なんだよ。だからスポンジやタオルで丁寧に磨かなきゃなんねえ。水は上からかけるでねえ。』

 彼女のお墓は綺麗になった。僕は汗だくになったが、気持ちが良かった。

 「香典がなくてごめん」

僕はそういって、買った服を供えて手を合わす。海風が吹く。


 大きな夕日。

 きらびやかに輝く水面。

 カーテンのように、白いワンピースがふわりとダンスする。

 夕日に輝く彼女の髪。

 満面の笑み。

 風が一吹き、

 彼女がふわり。

 「ありがとう」

 彼女とワルツを。

 唇が、冷たくなった。風のせいなのかそれとも。




家に着く頃には辺りは暗く、リビングには夕食が置いてあった。唐揚げと味噌汁、五穀米。電子レンジで一つずつ温める。

 「遅かったね。」

叔母さんが起きてきた。毎日、保育園の仕事をしながら僕等の面倒をみてくれている。

 「お母さんは?」

 「寝てるよ。」

 「お父さんは?」

 「連絡ない。」

毎日の日課。それ以上の会話はあまりしない。叔母さんは台所で麦茶を飲む。僕は暖まった夕食を黙って食べる。テレビを付けて、気まずさを紛らわす。僕の知らないお笑いが、芸をする。流行っているらしい、一発芸。ズグダンズ・・・よくわからない。何がおもしろいのか。

 「明日、町内会の祭りがあるんだけど、来る?」

 「行かない。」

知らない人ばかりの祭りなんて、面白くない。食器は自分で洗う。

 「スイカ冷えてるよ。」

キュッと蛇口をしめ、タオルで手を拭く。冷蔵庫からスイカを一切れ取出し二階の部屋に向う。

スイカを食べながらメールを打つ。今日あったことを綴る。彼女にキスをされた。かも、しれない。もちろんこのことは書かずに送信した。すると直ぐに冴織から返信がきた。

 『すごいじゃんΣ(・ω・ノ)ノ こっちは晃子先生と話できたよ♪詳しくは新学期に話す(★≧艸≦)楽しみにしてて』

なんで女の子は絵文字が多いんだろう、と思いながら返信する。

 『楽しみにしてる(笑)』

パタンと携帯を閉じる。目を閉じ、今日の出来事を振り返りながら。星の見えない東京。夏が終わろうとしている。


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