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 「良かった、先生、麻弥の意識が戻ったみたいです。」

麻弥は図書室からちょっと離れた廊下に倒れていた。意識を戻したばかりの彼女に、冴織は問いただした。彼女が現れ、突然こっちに向かって来るなり殴られたらしい。摩耶は氷の入った袋を頭にあてながら淡々と話す。

 「彼女が人を襲うなんて、考えられない。」

 「なんで彼女をかばうの?麻弥、怪我したんだよ?」

いつになく取り乱した冴織は僕をにらみつけた。ごめん、と謝り、僕はそれ以上なにも言わなかった。そう言えば、担任が言ってたな。好奇心旺盛なのはいいが、時に危険な目にあうって。彼女は僕等に何かを伝えたいんじゃないかって思った。でもそれは間違いで、本当は近づくなって意味だったのだろうか?


放課後まで僕は一人、あの教室前で座っていた。窓の外から蝉の鳴き声がよく聞こえる。大きな雲がゆっくり流れる。暑い中、蝉は一生懸命だなって感心したりする。

 「おい、クズ。」

聞き覚えのある声に自然と身が強ばる。ヤツが、近づいてくる。僕はうつむいた。

上履きが床と擦れ、鳴り響く。高まる心臓。


 僕の前に立ち止まる。

 身をキュッと固くする。

 それと同時に蹴られた。

 脇腹に足が入り込み、息が出来ない。

 「クズって呼んでんだよッッ聞こえねーのかクズ。」

咳き込む。

 「返事は!!」

 「はい、すみません、」

 元クラスメイトの竹内。彼を筆頭に、毎日暴力を受けていた。身体中あざだらけになっている。新しいクラスになってから、怯えることなく寧ろ楽しんでいた学校生活。それが夢であったように、彼が夢をみている僕を覚ます。

 「D組でいい気になってんだって?クズ。」

大きな手を僕の頭の上に乗せた。ギリギリと力が入り、爪が皮膚をえぐる。痛いと言えば力が強くなる。だから黙って歯を食いしばる。

 「麻弥に手ェ出したらブッ殺すかんな!」

 そういって立ち去った。何が何だか解らなかったか、悪夢から解放されてほっとした。ふと、視線の先には鍵が落ちているのに気がついた。脇腹に手を当てながら立ち上がり、鍵を拾う。なぜ竹内が鍵をもっていたのかはわからないが、急いで教室の中に入る。彼のことだからいつ気が変わって戻ってくるかわからないからだ。クーラーが効いてない、むし暑い教室に入ると、アルバムのある棚へと向かった。誰も手を付けていない棚。埃がかぶっている。僕は迷わずアルバムを抜き取り、辺りを見渡す。また彼女が現れないだろうか、と。しかし彼女は姿を現すことがなかった。蒸し暑さに耐えられず僕は教室を後にした。 コモンスペースでアイスクリームを食べている二人が僕を見るなり駆け寄ってきた。麻弥の傷は大したことがないようで、人目につくから、と冴織は皆で写真部へと向かう。脇腹を押さえながら走る僕を見て麻弥が心配する。

 「さとるが何かしたの?」

 「さとる?ああ、竹内のこと?いや、何でも。ってか竹内とどんな関係?」

 「彼氏だよ。」

驚いた。

 「意外って顔してる。ごめんね?彼って少し暴力的なところあるから。怪我はない?」

 心配そうな顔で僕の手を見る。大丈夫、かすり傷だから、と嘘をついて安心させる。そうこうしているうちに写真部に着き、僕らは机にアルバムを広げた。僕等はまずC組のアルバムを確かめた。二人は顔を見合わせ、僕は少し安心した。荒井真美の名前の上に、間違いなく彼女が写っていた。D組の担任は、40代後半くらいの、おばさんだった。冴織は携帯カメラで写真に納め、最後にF組の石川真紀の名前と写真を探した。


 凍る空気。冷房の音。

 誰も、何も言わない。いや、言えなかった。今まで一番の驚きだった。

 「どういう事?」

 麻弥が沈黙を破る。冴織がC組とF組の写真を何度も見比べる。

 「まって、落ち着こう。もしかしたら間違えて写真を載せてしまったのかも。集合写真でさ、確認しよう?」

一番落ち着いていない僕は落ち着いたフリをして冴織に指示する。各クラスの集合写真を見る。どちらの写真にも、右上に“彼女”の写真が載っていた。

 「有り得ないよ。どういう事?!何で荒井真美も、石川真紀も、どっちも彼女なわけ?」

今度は一番後ろにある、住所を見る。先生方は取り忘れたのだろうか、運良く住所一覧はそのままの状態だった。しかし残念な事に、荒井真美も、石川真紀も、どちらも『家庭の事情により掲載致しません』と記されていた。僕等は椅子に座って一息つく。僕は何が何だか解らず、頭の中で事実を整理した。冴織と麻弥は顔を近付け、懸命にアルバムを眺めていた。

 「ねぇ、」

冴織が手招きする。僕は急いでアルバムを覗き込む。

 「これ、一年生の移動教室の写真ね。ほら、ここ。彼女が二人、写ってる。」

冴織が差した写真には、皆でバーベキューを楽しんでいる写真だった。右端に彼女、そしてセンターよりやや左に彼女が写っていた。もう1ページめくると、今度は一年時の全員写真があり、今度は麻弥が、二人の彼女を指差した。

 「で、学年が変わって2学年時の全員写真なんだけど、」

ページを巡り、僕は全員の顔を一つずつ確認していった。彼女は一人だけ写っていた。

 「冴織と一緒に探したんだけど、2年生以降、彼女が二人同時に写ってる写真はないの。」

 「よくわかんなくなってきた。」

僕はますます混乱し、頭をかきむしる。担任みたいに。

 「私の予想なんだけど、彼女、双子だったんじゃないかな?」

麻弥が髪の毛をいじりながら話す。

 「でも二年生以降の写真には二人分写ってないよ?」

 「じゃあなぜ一年の写真と、三年の個人写真だけ、彼女が二人写ってるんだろう?」

 「調べ甲斐がありそうね。」

 にんまりと、冴織が笑った。


 七月。

 蝉がよく鳴く、暑い夏だった。 不思議なD組にも、夏休みがやってきた。


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