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 今日は夕方から夕立。

朝、青々としていた空も、夕方には黒い固まりが空を覆っていた。ズッシリ、重みがある。始めはポツポツ、そしてシャワーの様に空から雨が落ちてきた。

 「あー、降ってきちゃったね。この様子だと雷も鳴るかも。」

健司(けんじ)は目を細めて外を眺める。真っ赤な髪で、鼻から口にかけてチェーンがかかっている。パンク系の格好をした彼は、こう見えても、父が営むペットショップを毎日手伝う、見かけによらず、な男子。僕が彼とぶつかった時は殴られるかと思った。意外にも彼は僕の心配をしてくれ、それ以来よくつるむようになった。

 「圭吾は傘持ってきたか?」

 「いや、忘れた。」

 「俺もなんだよなー。この雨だと……まぁすぐ風呂に入れば大丈夫か。」

 「走って帰る気?」

 「もうすぐチビが生まれるからさ、じゃ。」

健司はカバンをブレザーの中に入れ、抱え込んで教室を出た。僕は誰もいない校庭を眺めた。遠くの方から時々雷がひかる。雨足は強くなる。湿気を帯びた生暖かい風が教室に吹き込む。

ただ無心に、外を眺める。ざわついていた教室が、いつの間にか静かになっていた。雷の音と光の間隔が狭まる。今何時だろう、ふと気になり教室へ視線をやった。



 彼女だ。



 僕は息をのむ。クラスを変えて以来、はじめて彼女に会った。彼女は廊下からこちらをじっと見つめていた。

 「久しぶり」

普通なら、霊になんか話し掛けない。

 「学校、辞めたかと思った。」

普通なら、霊と会話なんか出来ない。

 「元担任が、クラスを変えてくれて。」

ピカリとひかり、直ぐ様音が鳴り響く。

 「それはよかった。じゃなきゃ、あたしの座る場所が無くなるから。」

雨の音がよく聞こえる。ははっと僕は笑う。

 「君、何ていう名?」


長い沈黙。彼女はじっと、こちらを見る。

 「マキ。」

ピカッとフラッシュの様な光と轟音と共に、教室の電気が消えた。

暗い教室。廊下の窓から差す光が彼女を照らす。不気味な色なんだけど、恐怖は感じない。僕の心に芽生えた好奇心。もっと、知りたい。

 彼女はすっと歩き出した。僕は慌てて彼女の後を追いかけた。まるで取り憑かれたかのように。何時も静かな廊下も、いつも以上に静まっている。足音は僕のものだけ。

 「何処行くの?」

彼女の隣に並んで歩く。横顔も綺麗だった。何処か、寂しげな横顔。始めて遭った時とは違う目で、僕は彼女をみる。

 「こっち。」

彼女はそう行って階段を上っていった。ドンドン上がる。上がりきったと思うと、今度は長い廊下をまた歩き出した。雨でジメジメした学校。停電で薄暗い。ふっとマキが立ち止まり、すっと中へと入っていった。何も書かれてない、中が見えない教室。僕はゆっくりとドアを開けた。ギシギシときしむ音。中は真っ暗で、ゴチャゴチャしていた。ここは物置らしい、入学式と書かれた看板や、パイプイスが置かれていた。埃っぽく、カーテンが閉められているせいか、今まで以上に薄暗かった。



ガタン



 突然奥からものが落ちる音がした。きちんと並べられた「卒業アルバム」。そのうちの一冊が地面に落ちたのだ。ゆっくりと近づき、手に取る。

『平成12年度卒業アルバム』

 12年度・・・01年3月に卒業した人のアルバム。僕は胸が高まった。冴織から見せて貰ったアルバムと同じ年。ゆっくりとページをめくり、僕は彼女を捜した。一枚、一枚。めくると共に気になった。クラスが“数字”ではなく“アルファベット”。A組、B組。

 「いた。」

3年C組の個人写真の中に彼女がそこにいた。ただ、名前が違っていた。彼女の写真の下には「荒井真美(あらいまみ)」と記されていた。

 「真美・・・君、マキじゃないの?」

 「誰か居るのか?」

突然、廊下から声がした。僕は慌ててアルバムを戻し、出ようとした。

 「こんな所で何をしてるんだい?」

担任の福原先生が廊下に立っていた。いつもと変わらず、汚い格好で。

 「あ、いや、その。何でもありません。すみません」

動揺し、急いで立ち去ろうとした僕の腕をつかんだ。にこりと微笑む。

 「まぁ。まだ外は雨だし。お茶していかないかい?」

叱られるのだろう、観念した僕はうなずき、担任の後をついていった。担任は黙って僕を美術室まで誘った。

 「適当なところに座って。今日は部活がないから、貸し切り。」

担任は準備室から声をかける。油絵の具のニオイ。だたっ広い美術室、白い生首がずらりと並ぶ。相変わらず、外は荒れていた。

 「はい、コーヒー。」

差し出された温かいコーヒー。真夏には似合わない。僕は礼を言って一口飲む。担任は黙って僕を見つめる。何を言って良いのか解らず、僕も黙る。雷が何度かひかったころ、やっと担任が口を開いた。

 「彼女については、あまり触れない方が良い。この学校では、ね。」

 「何故ですか?」

担任は鳥の巣をボリボリと掻きむしる。

 「みんな、触れて欲しくないのさ。少なくとも先生方は。」

 「昔、何かあったんですか?」

ピカリと外から光が差す。光と音の感覚が開いていく。

 「好奇心旺盛。良いことだ。でも時に危険な目に遭うことを忘れちゃいけないよ。」

ずずっと残りのコーヒーを飲む。湯気で曇った眼鏡がさらに曇る。

 「僕の口からは彼女について何にも言えない。決まりなんだ。」

僕はコーヒーに目を落とす。何故、この学校の先生は皆マキ、いや真美?のことについて触れないのか。一体彼女の身に何が起きたのか。

 「僕から君へ言えることは・・・疑問の答えは地道な作業から生まれる。解らないことを調べる方法はいくつでもあるよ。お、雨が止んだみたいだよ。」

担任と僕は外に目をやる。思い雲が、徐々に消え、オレンジ色の太陽が見えてくる。

 「僕から何も言えないが、僕が君の手助けをすることはできる。何かあったらいつでもおいで。」

 「はい、ありがとうございます。」

僕は頂いたコーヒーを一気に飲み干し、美術室を後にした。

 ますます気になる、彼女のこと。何があったのか、何故、書かれた名前と彼女の言う名前が一致しないのか。


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