一
ドアの向こうは異世界。“色とりどり”の人々が、教室でくつろぐ。教壇では、裾が絵の具で汚れた、鳥の巣の様な髪型の先生が出席をとっていた。曇ったのメガネ。僕を見るなり微笑んだ。黄ばんだ歯。
「やあ。君が噂の藤川圭吾君だね?ささ、こっちへ。」
僕を教壇に呼び寄せ、先生は僕の肩に手を置いた。BVLGARIの香水が漂う。
「えー、今日から我がクラスの仲間となる藤川圭吾君だ。」
本を読む人、携帯をいじる人、ゲーム対戦をやる人達、窓の外をずっと眺める人。皆自由で僕にあまり関心がないようだ。
「まあ、いつもこんな感じだから気にしないで。席は空いているとこに座って。毎日変わるから。自由に、ね。」
はあ、と返事をし、空いている席を探した。ぐちゃぐちゃに並んだ席。先生は一人で英語の授業を始めた。とても流暢に教科書を読み上げる。スラスラと筆記体で黒い黒板を埋め尽くした。美術の先生じゃないのか。いや、そんなことより今日は終了式なのに誰も何にも言わない。教科書を開くものもいれば、相変わらず自由に振る舞う者、まさに自由と言う名の無法地帯。
「ねえ、君。見えたんだって?」
目の前に座っていた、頭に大きなお団子ヘアを作った女子が話し掛けてきた。
「見えたって?」
「だぁーかぁらぁー、3組の金髪女子。専らの噂。」
満面の笑みで目をキラキラさせる。
「彼女、無愛想でしょ。んでもってスッゴく美人。」
僕は身を乗り出して叫ぶように聞いた。
「君、見えるの?」
誰も僕らの会話に興味を示さない。
「もちろん。」
彼女はすっとポラロイドカメラを取出し、僕を撮った。
「あたし、冴織。みんなにはサッちゃんって呼ばれてる。」
撮ったばかりの黒い写真がうっすらと形を映し出す。
「今度、彼女の写真見たげる。スッゴく綺麗なんだ。」
「彼女ってその、幽霊とかなんですか?」
「そうだよ。」
当たり前でしょ、と言う口振り。驚く僕を見てニコリと笑う。
「君、えっと圭吾君?驚いた顔、素敵だよ。ほら。」
先程撮った写真には間抜けな顔をした僕が写っていた。
「ここにいる子はさ、みーんな個性が強いんだ。例えば……あそこでゲームに熱中してる4人組。彼らはいわゆる天才でね、全国模試1位の四人なの。四人とも満点。授業中はああやって、いつも四人で遊んでる。で、あそこでトランプをいじっている子。彼女は医者の一人娘でね、どんな病気でも一目診ただけでわかっちゃうんだって。」
冴織はふうと一息ついた。
「こんだけユニークな人達が集まると、何が普通で何が普通じゃないのか解らないよね。」
僕はふっとあの言葉を思い出す。彼女に向けて発した言葉。“みんなみたいに”なりたいと願った、あの言葉。
「うちら、特別クラスじゃない?っでもさ、そりゃあ他人よりちょっぴり個性が強いけど、ここにいるみんな“特別”なんかじゃないんだよね。全然。」
冴織はクラス全体を映し出す。黒い写真が色鮮やかな風景へと変わる。虹色の教室。チャイムが鳴る。先生は授業を辞め、教室を去る。授業中でも、休み時間でも変わらない。自由な教室。窓から暑い風が吹き込む。冷房と入り交じって、なま暖かくなる。
「次、プールだね。」
冴織の元に一人の女子が。フランス人形の様な彼女は、ウサギのカバンを握りしめ、立っていた。
「あたしは入んないよ。圭吾君は?」
「僕は、水着をパクられたから。」
パクられ、女子更衣室の、クラスで一番人気の女子の下着とすり替えられていた。変態だと怒る女子。爆笑する男子。死にたいと、思った。嫌な記憶が蘇る。
「てかさ、なんで普通に授業やってんの?終了式は?」
「私の貸してあげようか?悩んだから二着持ってきたの。」
僕の問いかけを無視し、ごそごそとウサギのカバンから、薄ピンク色で、白フリルが付いたスクール水着と、水玉模様のスクール水着が出てきた。
「あ、いや、気持ちだけで。」
「遠慮しなくていいのに。」
残念そうな顔をする。
「麻弥のは女子用だから、圭吾君には着れないんだよ。」と冴織が言い、麻弥と呼ばれた女子は納得した様子で去っていった。
「あの子、秋葉では人気アイドルなんだよ。天然なんだ。それよりさ、次うちら暇だから写真部に来ない?彼女の写真みせたいし。」
「だから、終了式は、」
「そんなの、ないよ。うちのクラスでは自由なの。やりたい人がやって、やりたくない人はやりたいことをやるの。圭吾君が終了式やりたいって言うなら体育館行けばいいだけだし。」
それってどうなの、と思った。なんなんだ、このクラスは、と。でも、今はどうでも良かった。彼女の写真が見られるのなら。
写真部は北校舎の3階にあった。中に入ると狭く、そこら中に物が散乱、壁には様々な写真が飾られていた。山積みにされたアルバムを漁る沙織。僕は壁に貼られた不思議な写真を丹念に眺めた。
「これ、冴織さんが全部撮ったの?」
ここにはないなーと言いながら次々アルバムの山を漁る、バラバラと音を立てて山が崩れる。
「うちだけじゃないよ。歴代の写真部員が残してきたものもあるし。あと、冴織さんって呼ばなくていいからね。あった。」
冴織は奥の方に眠っていたアルバムを取出し、僕に手渡した。表紙には『00年アキコ集』と書かれていた。
「8年前の?」
「そう。8年前から彼女がいるみたい。あ、アキコって言うのはそのときの部長が適当に付けたんだって。“彼女本人に名前を聞いても教えてくれないから”。」
僕は分厚い表紙をめくった。
黒い色紙に貼られた写真。言葉に言い表わせないほど、
綺麗だった。
写真に写る彼女は、僕が見えている姿そのままだった。8年前からずっと時が止まったまま。
「あたしが撮った写真はこれ。」と冴織が一枚の写真を指差した。
そこには夕日を眺め、オレンジ色のカーテンがなびく。彼女の髪の毛がキラキラ、水辺の様に輝く姿が映し出されていた。
どこか寂しげな目。
「あたしさ、ちょうど7年前の文化祭でこれらの写真にであってね。感動しちゃって。入学しよう、って決意したんだ」
「え?7年前?ってことは…小学生の時?」
冴織はアルバムを閉じ、首を振った。僕はそれ以上何も聞かなかった。
今までの日常が嘘のように、学校が楽しくなった。D組という、変なクラスになってしまったけど。以前より、幾分居心地が良い。誰も僕に関心がないように初めは思えたが、僕が彼らに関心を持つと、彼らもちゃんと答えてくれる。
黒い色紙に貼られた写真。言葉に言い表わせないほど、
綺麗だった。
写真に写る彼女は、僕が見えている姿そのままだった。8年前からずっと時が止まったまま。
「あたしが撮った写真はこれ。」と冴織が一枚の写真を指差した。
そこには夕日を眺め、オレンジ色のカーテンがなびく。彼女の髪の毛がキラキラ、水辺の様に輝く姿が映し出されていた。
どこか寂しげな目。
「あたしさ、ちょうど7年前の文化祭でこれらの写真にであってね。感動しちゃって。入学しよう、って決意したんだ」
「え?7年前?ってことは…小学生の時?」
冴織はアルバムを閉じ、首を振った。僕はそれ以上何も聞かなかった。
今までの日常が嘘のように、学校が楽しくなった。D組という、変なクラスになってしまったけど。以前より、幾分居心地が良い。誰も僕に関心がないように初めは思えたが、僕が彼らに関心を持つと、彼らもちゃんと答えてくれる。