7.夏初め
結局買った、さくらんぼの駄菓子に爪楊枝を刺す。包まれた砂糖で薄く光るピンクのグミは和菓子みたいな優しい甘さをしていた。
「懐かしい味……」
テーブルに目を落とす。鍵が置いてある。
別荘の管理人は鍵を開けるとひと言、「何かあったら連絡を」と言い残し鍵を置いて早足に去っていった。扉が閉まって、別荘には静けさだけが残った。
顔を上げると至留の家よりも広いリビングが広がっている。家族全員で座れる大きなソファと真っ黒な大型テレビ。その奥には締め切られたカーテンが見える。
「なんで、わたしだけいるんだろ」
鈴風家の人間でもないのに、わたしだけがここにいる。あまりに場違いすぎる。
至留や至留のご両親がいつここにくるのか、わたしは聞いていない。
知っているのはわたしの両親が一週間後のお盆休みに来ることだけだ。私たちまで別荘に招待してくださるなんてさすが鈴風さんだ、と電話越しに喜んでいた両親のことを思い出し、気分が落ちた。
わたしの中の生きるための力とでもいうのだろうか。背中を伸ばすために使っていた筋肉すら活動を止め、テーブルへ溶けるように頬をつけて伏せる。
──両親に何も話さなかったのは私なのに。
何度か「そっちで問題はないか」と聞かれたけど頑張ってくると答えた手前、言いづらかったのだ。
ほんと自分の歪んだ性格に呆れる。
袋から追加の駄菓子を取ろうと手を伸ばす。
カラン、と音がして袋の中を覗く。
「……ラムネ」
ラムネの瓶を取り出してテーブルに置く。またカランとガラス瓶の中でビー玉が転がる。
光くんの笑い声を思い出した。
「ふふっ」
勝手に口角が上がる。
わたしはテーブルの上に置かれていたスマホをそっと握った。先程まで触っていたのでスマホが発熱していた。
明日、光くんから何かあった場合の為にも連絡手段としてLINEは聞いておきたい。
でも、それだけじゃ無くてここら辺の学校はどんな感じなのかとか、クラスでいい感じの子は居ないのとか、どこの大学に行きたいのとか、どんどん聞きたいことが溢れてくる。
そうやって考えるだけで楽しかった。
「えっ」
手に持っていたスマホが振動した。
画面を見ると至留から電話がかかってきていた。
「珍しい」
電話なんて付き合い始めてから何度目だろうか。多分、二、三回だったはずだ。
至留の電話に出る前にわたしはなんとなくテーブルの上に広げていた駄菓子たちをまとめて端に寄せた。
背筋を伸ばして座り直し電話に出る。
「はい。どうかされました?」
「ああ紅? こっちの仕事がほとんど終わったから、明日の夜には別荘に向かえそう」
「そうでしたか……ええ。お待ちしております」
明日は一人じゃないと分かり自然と肩の力が抜けた。
「うん。まぁその別荘って無駄に広いし寂しくしてるかなって。俺も子供の頃に苦手だったからさ」
「はい」
「じゃあまぁそういう事で、また明日」
「はい。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
おやすみ、なんて言うことあるんだ、とスマホをテーブルに置きながら瞬きを繰り返す。至留に初めて言われた。
リビングを見渡しながら、もしかすると至留も部屋に一人で寂しくなったのかもしれない、と思った。
ご飯の作り置きはしていないので夕食は自分で作ったかコンビニで買ったか出前だろう。リビングでテレビを見ながらご飯を食べていて、なんとなくわたしに電話。あり得なくは無い。
ただ、こういう時、側にいそうな愛人はどうしたのだろう。
──家までは入れて無いのかも。
至留の家に女の気配は一切無かった。
わたしが来ると決まった時に片付けたのかもとも思ったが今となってはわざわざ至留がそんな事をしないような気もする。
「よく……分からない」
首を横に小さく振る。
愛人がいるのに平然と過ごせる神経がわたしには理解できない。
今日の突然の電話だってそうだ。わたしが疲れて寝ていたかも知れないのに。
──結局、わたしがどこまでも許すから舐められているんだ。
強く爪で頭を掻く。髪が指に絡まって抜けていた。
わたしは手をテーブルについて重たくなった体を押し上げるようにして立ち上がり、周りのゴミを片付けスマホを掴んで寝室に向かった。
フローリングの床に敷かれた二つの布団。わたしと至留で一部屋らしい。
洋風な部屋のど真ん中に布団があるせいで内装がぐちゃぐちゃになっていた。
──部屋も頭も全部もうダメね。
明日、至留が来ると知って安心する気持ちと明日からはまた一緒に過ごさなくてはいけないという不安、その相反するはずの気持ちがわたしの中で混ざり合ってぐるぐると渦巻いて存在している。
電気を消し暗闇の中を手探りで進む。
幸い、昼間たくさん村を歩いていたからだろう。布団に入ると眠気はすぐに来てくれた。
翌日、朝起きて寝巻きのまま朝食を作ってキッチンでそのまま食べる。至留の前だと出来ないので久々だった。
「いつ来るんだろう」
服を選びながら光くんの事を考えていた。至留は服に関して何も言わないのでどうでもいい。
結局、選んだのはベージュのトップスと白いシアーカーディガン、それと水色のズボンにした。もう少し若い子たちに合わせたコーデにしようかとも思っていたけど、元々持ってきた服も少なく選択肢はほとんど無かった。
その後、元々綺麗だった別荘の掃除を軽くして庭の芝生に水を撒く。
ふと塀の外からチリンチリンと自転車のベルの音が聞こえた。
縦に格子の入った扉の隙間から外を覗く。
そこには自転車に乗った光くんがいて
「光くん」
わたしは声をかけた。自転車から降りた光くんがこちらに駆け寄って来る。今日は昨日と違い白と黒の縦縞のTシャツに黒いズボンの私服姿だった。
お互い扉の柵越しに「おはよう」と挨拶をした。少し気まずそうな光くんの姿がおかしかった。
「ちょっと待っててね」
「はい」
日傘の代わりに麦わら帽子をかぶり鞄を持って施錠をし裏口の方へ向かう。
扉から出てきたわたしに光くんは首をかしげて「一人?」と聞いた。
「うん。でも、至留は今日の夜に来てくれるんだって」
自分で「来てくれる」と言っておいて来てくれるって何、と勝手に苛立ち地面へ目を落とす。
「あぁ……」
ため息みたいな声が聞こえた。
顔を上げると、光くんは「そうなんだ」といつも通りぶっきらぼうな調子で言いながら自転車に乗った。
何か光くんに言葉をかけたかったけど何を言えばいいか分からず、少し考えて諦める。
「失礼します」
自転車の後ろにクッションを敷いて座る。
座り心地は多少マシになったものの、今度はずり落ちそうで少し怖い。
「行きますよ」
自転車が大きく動き出す。
わたしは咄嗟に手を伸ばし光くんの肩に掴まった。
光くんは無反応で、昨日と同じように自転車を走らせている。シャツの下で光くんの背中が大きく動いていた。
「ねぇ、今日はどこに行くの?」
風に負けないよう声を張る。
広い田んぼに声が響いていく。でも、田んぼには誰も居なくて光くんだけが聞いている。
「村の人が育ててる向日葵畑を見に行こうかなって」
「夏っぽいね」
「夏ですからね」
「光くんはさ、学校で気になっている子とか居ないの?」
「うん。居ない」
「夏なのに?」
「それは夏関係ないでしょ」
くすくすと控えめに笑っているのが光くんの背中から伝わってきた。
「命短し恋せよ乙女だよ。高校生活なんてあっという間に終わっちゃうんだから」
「俺って乙女だったんだ」
「若者の恋を応援する歌だから良いの」
「はぁ、でも、まぁそうですね。相手がいれば」
「うん。頑張って」
「……はい。頑張ります」
わたしは冗談のつもりで言ったのに光くんから真面目なトーンで返された。
「「あの」」
光くんと声が重なった。
互いにどうぞと譲り合う。
結局、先に話し出したのはわたしだった。
「光くんに何かあった時とかに必要だし連絡先を教えて欲しいの」
「俺も同じこと思ってました。今日の朝、いつ行けば良いんだろうって悩みましたもん」
あはっと自然に弾んだ声が出た。
「やっぱり。わたしもどうしようって思ってた」
「はい。着いたら交換しときましょう」
うん、とわたしは頷いて畑の方へと目をやった。
「あっ、あれ?」
一面緑の畑の一角が鮮やかな黄色になっている。そこだけ輝いているように見えた。
「うん。あれだ」
光くんは畑の横のアスファルトで舗装されてないガタガタのあぜ道を進んでいく。
小石を踏むたびに小さく跳ねるのがアトラクションみたいで面白い。そんなことを考えているうちにあっという間に向日葵畑に着いていた。
「大丈夫でした?」
「うん。わたし車酔いとかしないんだよね」
自転車から降りて約束通り連絡先を交換する。
「あっあと、これ。ありがとうございました」
洗濯されたハンカチを差し出された。昨日わたしが光くんに渡した物だ。律儀に覚えてくれていたらしい。
「わざわざ洗濯までしてくれてありがとう」
「いえ。じゃあ行きましょう」




