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5.夏初め

結局買ったさくらんぼの駄菓子に爪楊枝を刺す。砂糖でコーティングされたピンク色のグミみたいな駄菓子は和菓子みたいな優しい甘さをしていた。


「懐かしい…」


テーブルに目を落とす。ここの管理をされていた方から渡された別荘の鍵が置いてある。管理人の方は軽く部屋の説明をしてくださった後に帰っていた。

顔を上げると至留の家よりも広いリビングが広がっている。家族全員で座れる大きなソファと真っ黒な大型テレビ。その奥には締め切られたカーテン。


──本当はみんないるはずの空間なのに。


わたしの両親は仕事の都合でお盆休みだけここに来ることができるらしい。私たちまで別荘に招待してくださるなんてさすが鈴風さんだ、と両親は喜んでいた。

何も知らない両親にため息が出る。


──伝えてないのはわたしなのに。


大丈夫と言った手前両親に打ち明けられないでいるのは私だ。ほんと他責もいい所で自分の歪んだ性格に呆れる。また、ため息を吐いた。

追加の駄菓子を取ろうと袋に手を伸ばす。カラン、と音がして中を覗く。


「…ラムネ」


ラムネの瓶を取り出してテーブルに置く。またカランとガラス瓶の中でビー玉が転がる。

光くんの笑い声を思い出した。


「ふふっ」


勝手に口角が上がっていく。

わたしはテーブルの上に置かれていたスマホをそっと握った。


──暖かい。


先程までボーッとショート動画を流し見していたのでスマホが発熱しているのだ。

明日、光くんから何かあった場合の為にも連絡手段としてLINEは聞いておきたい。

でも、それだけじゃ無くてここら辺の学校はどんな感じなのかとか、クラスでいい感じの子は居ないのとか、どこの大学に行きたいのとか、どんどん聞きたいことが溢れてくる。


「えっ」


手に持っていたスマホが振動した。

画面を見ると至留から電話がかかってきていた。


──珍しい。


電話なんて付き合い始めてから何度目だろうか。多分、二、三回とかだったはずだ。

至留の電話に出る前にわたしはなんとなくテーブルの上に広げていた駄菓子たちをまとめて端に寄せる。


「はい。どうかされました?」


「あぁ、別荘なんだけどさ、こっちでの仕事がほとんど終わったから明日の夜には向かえそう」


その言葉を聞いてわたしはほっと息を吐く。明日からはどうやら一人じゃないらしい。


「ええ。お待ちしております」


いつぶりだろうか。至留の低くて淡々とした声が耳元で聞こえてくる。

電話越しに聞こえてくるのは至留の声だけで外や会社にいる訳では無さそうだった。


「うん。まぁその別荘って無駄に広いし寂しくしてるかなって。俺も子供の頃に苦手だったからさ」


「はい」


「じゃあまぁそういう事で、また明日」


「はい。おやすみなさい」


「うん。おやすみ」


おやすみ、ね。至留から初めて言われたかもしれない。

スマホをテーブルに置いてリビングを見渡す。


──至留も寂しくなったのかな。


もしかすると至留もあの部屋で一人部屋を見渡していたのかもしれない。

ご飯の作り置きもしていなかったから夕食は自分で作ったかコンビニで買ったか出前だろう。リビングでテレビを見ながらご飯を食べていて、なんとなくわたしに電話。あり得なくは無い。

ただ、こういう時、側にいそうな愛人はどうしたのだろうか。


──家までは入れて無いのかも。


至留の家に女の気配は一切無かった。

わたしが来ると決まった時に片付けたのかもとも思ったが今となってはわざわざ至留がそんな事をしないような気もする。


「よく…分からない」


首を小さく横に振る。

至留の考えている事がわたしには理解出来ない。

突然の電話。愛人を紹介する理由。愛人がいながら平然とわたしの所へ来れる意味。


──結局、わたしがどこまでも許すから舐められているんだ。


爪でガリガリと頭を掻く。髪が指に絡まって抜けていた。

わたしは大きくため息を吐いてから立ち上がり、テーブルのゴミを片付けスマホを掴んで寝室に向かう。

フローリングの床に敷かれた二つの布団。わたしと至留で一部屋らしい。

洋風な部屋のど真ん中に布団があるせいで内装がチグハグになっていた。


──あぁ部屋も頭も全部、もうめちゃくちゃだ。


明日、至留が来ると知って安心する気持ちと明日からは至留と一緒に過ごさなくてはいけないという不安、その相反するはずの気持ちがわたしの中で混ざり合って存在している。

パチンと電気を消す。部屋が一瞬で黒色に染まる。

幸い、昼間たくさん村を歩いていたからだろう。

布団に入るとごちゃごちゃと考える前にすぐに眠気が来てくれた。


翌日、朝起きて朝食を食べ元々綺麗な別荘の掃除を軽くして、庭の芝生に水を撒いていた時だった。

(へい)の外からチリンチリンと自転車のベルの音がした。

縦に格子の入った扉の隙間から外を覗く。

そこにはやっぱり自転車に乗った光くんがいて


「光くん」


わたしは声をかけた。自転車から降りた光くんがこちらに駆け寄って来る。今日は白と黒のストライプのシャツに細めの黒いズボンの私服姿だ。

お互い扉の柵越しに「おはよう」と挨拶をした。少し気まずそうな光くんの姿がおかしかった。


「ちょっと待っててね」


「はい」


日傘の代わりに麦わら帽子をかぶり鞄を持って施錠をしてから裏口の方へ向かう。

扉から出てきたわたしに光くんは首をかしげて「一人?」と聞いた。


「うん。でも、至留は今日の夜に来てくれるんだって」


来てくれる、と自分で言っておいて来てくれるって何、と苛立つ自分もいる。


「あぁ…」


光くんの口からため息みたいな声がした。

わたしが顔を上げると、ふいっと自転車に乗って光くんは「そうなんだ」といつも通りぶっきらぼうな調子で言っていた。

何か光くんに言葉をかけたかったけど何を言えばいいか分からず、少し考えて諦めた。


「失礼します」


自転車の後ろにクッションを敷いて座る。

座り心地は多少マシになったものの、今度はずり落ちそうで少し怖い。


「行くよ」


自転車が大きく動き出す。

わたしは咄嗟に手を伸ばし光くんの肩に掴まった。

光くんは無反応で、昨日と同じように自転車を走らせている。シャツの下で光くんの背中が大きく動いていた。


「ねぇ、今日はどこに行くの?」


風に負けないよう声を張る。

広い田んぼにわたしの声が響いていく。でも、田んぼには誰も居なくて光くんだけが聞いている。


「村の人が育ててる向日葵(ひまわり)畑を見に行こうかなって」


「夏っぽいね」


「夏だからね」


「光くんはさ、学校で気になっている子とか居ないの?」


「うん。居ない」


「夏なのに?」


「それは夏関係ないでしょ」


くすくすと控えめに笑っているのが光くんの背中から伝わってきた。


「命短し恋せよ乙女だよ。高校生活なんてあっという間に終わっちゃうんだから」


「俺って乙女だったんだ」


「若者の恋を応援する歌だから良いの」


「はぁ、でも、まぁそうですね。相手がいれば」


「うん。頑張って」


「…はい。頑張ります」


わたしは冗談のつもりで言ったのに光くんから真面目なトーンで返された。


「「あの」」


光くんと声が重なった。

互いにどうぞと譲り合う。

結局、先に話し出したのはわたしだった。


「光くんに何かあった時とかに必要だし連絡先を教えて欲しいんだ」


「俺も同じこと思ってました。今日の朝、いつ行けば良いんだろうって悩みましたもん」


あはっと自然に弾んだ声が出た。


「やっぱり。わたしもどうしようって思ってた」


「はい。着いたら交換しときましょう」


うん、とわたしは頷いて畑の方へと目をやった。


「あっ、あれ?」


一面緑の畑の一角が鮮やかな黄色になっている。そこだけ輝いているように見えた。


「うん。あれだ」


光くんは畑の横のアスファルトで舗装されてないガタガタのあぜ道を進んでいく。

小石を踏むたびに小さく跳ねるのがアトラクションみたいで面白い。そんなことを考えているうちにあっという間に向日葵畑に着いていた。


「大丈夫でした?」


「うん。わたし車酔いとかしないんだよね」


自転車から降りて約束通り連絡先を交換する。


「あっあと、これ。ありがとうございました」


洗濯されたハンカチを差し出された。昨日わたしが光くんに渡した物だ。律儀に覚えてくれていたらしい。


「うん。わざわざ洗濯までしてくれてありがとう」


「いえ。じゃあ行きましょう」

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