28.鳥の唄
声のした方を見て差し込む光に目が眩んだ。光の中のシルエットは声からして光くんのお母さんだと思った。
「光ー! お客さーん」
シルエットが背中を見せて廊下の奥に声をかける。
わたしは唾を飲み込み手を握りしめた。自然と体に力が入っていく。
廊下の先の扉が開く。金色の前髪を揺らし制服を着た光くんが現れる。わたしの方を見る目付きは鋭く警戒しているようだった。
──やっぱり忘れてるか。
口の端を横に伸ばして目を伏せ小さく頷く。
覚悟をしていたからか辛さよりも納得感の方が強い。良かった。ここで面食らって取り乱したりしたくなかったから。
「あの」
声がして顔を上げる。
澄んだ瞳がわたしを真っ直ぐ捉えた。
「あなた、だったんですね」
光くんは写真を突き出すようにして見せた。
青空を背景に笑うわたしたちの写真だ。
「誰だろうって考えてました」
光くんの固かった表情がふにゃっと解けた。目を細めて笑う顔にわたしは胸の奥底から暖かくなっていく。
胸の前で自分の手を重ねて握る。目頭が熱い。
「うん」
発した声が震えていた。目の縁から涙が溢れていく。
受け入れてくれたことが嬉しかった。
会話をして、顔を合わせてくれたことが嬉しかった。
「入りなよ」
光くんが部屋の扉を開く。横目でわたしを見ながら扉を押さえてくれている。
「え」
「いらっしゃーい。栄香ちゃん」
奥から元気な光くんのお母さんの声もする。
わたしは「お邪魔します」と靴を脱ごうと足に目を向けた。
──都合の良い夢を見ている。
わたしは扉へと伸ばした手を抑えて、扉の前にうずくまっていた。
耳のすぐそばでリーリーっと虫が鳴いていた。高く騒がしく邪魔だと言わんばかりに鳴いている。
──あの!
今にも泣き出しそうだった光くんの顔を思い出す。川のせせらぎまではっきりと聞こえた。
「ごめんね」
上体を起こし濡れた目元を腕で強く拭う。
光が暗がりへと伸びて、その下で蛾や小さな虫たちが踊っている。
地面に手をつく。力を込めると小石が手の裏に刺さり痛んだ。奥歯を噛み締め地面を睨む。短くなった髪を揺らして、わたしは立ち上がる。
一人では空を飛べず、空を見上げて羨んでばかりいる片翼、片目の鳥。誰かに寄りかかっていないと生きていけない、そんな鳥の話。
──わたしは一人で両翼を動かして空を飛び、自分の両目で広い世界を見てたい。
耳元で虫が小さく鳴いて、羽を揺らした音がした。
わたしは扉から離れて元きた道を歩く。離れるごとに影が伸びていく。
ピュン、ピュン、ピュン、と森から不思議な声がする。
首元に冷たい風が吹いてきて空を見上げた。
ふいに一羽の鳥が視界の端から飛んできて月光の元で翼を広げ羽ばたかせる。
フクロウより少し小さなその鳥は宙で体を大きく翻して、星に向かって飛んでいく。
「大丈夫」
見上げれば夜空に輝く月が確かにあった。
早朝の淡い光が窓から差し込む廊下を進む。
歩くたび廊下の木が軋んで音をたてた。
部屋の前に座って「失礼します」と静かに障子の扉を開く。
座布団に座った神職の方の背中が見えた。以前見た時と同じ白い着物を身につけている。
「お邪魔しました」
手をついて頭を下げる。
結局、神社に戻ったわたしはお言葉に甘えて本当に寝具を借りてしまった。
衣擦れの音がして顔を上げる。神職の方がわたしの方を見ていた。
「これからどうするのですか」
「バイトして、出来れば就職して、お金を貯めて大学に行こうと思ってます」
神職の方は「そうですか」とゆっくり頷いた。
「清く、明るく、正しく、素直に。後は神のまにまに、でございます」
静かに目を伏せお辞儀をされる。
わたしも合わせて頭を下げた。
障子を閉めて窓の外に続く縁側へ出る。
濡れた冷たい朝方の空気を吸い込む。
山の頂から太陽の光が白く煌めいて、小さな鳥が青空の中を飛んでいた。
さえずる鳥の唄を聞きながら空に手を伸ばす。
もし、この広大な空の中でまた出会えたら。
「その時は……」




