23.ひぐらし
光くんと手を繋いで訪れた商店街は賑わっていた。
タイルを打つ様々な靴音や雑踏から生まれてくる話し声たちが鋭く耳に響く。そういえば人混み自体が久々なことに気付いた。
明日からはもっと人の多い場所に戻るのに、と考えていたところで腕をひかれた。
「ちょっと寄っても良いですか?」
光くんが立ち止まっていたのは金物屋だった。
店先に並んだ金属の風鈴たちが涼しげな音色を奏でている。音はタイルのシミや暗く細い裏路地へ真っ直ぐ飛び込んで消えていく。
顔を上げると傾いた太陽がタイル張りの道を赤く染めて人々の影もだいぶ長くなっていた。
わたしたちのすぐ横を籠いっぱいに物を詰めた自転車が通っていく。
「なんか、寂しいね」
「まあ寂れた田舎の商店街ですからね」
確かにすでにシャッターを下ろした店も多い。でも伝えたいこととは違う。
光くんは風鈴の下の短冊を手で扇いで揺らしていた。
わたしは「そうじゃなくて」と小さく首を横に振る。
「みんな帰るんだなって」
光くんが僅かに目を見開いて視線をタイルへと投げた。
「まだですよね?」
顔を上げ問いかけてくる光くんの瞳が濡れて光っていた。
「うん。まだ大丈夫」
「よかった」と心底安心したように息を吐いた。
「記念に写真、撮ってもいいですか」
わたしは頷く。
後で撮った写真がわたしも欲しかった。でも、多分光くんなら言わなくても送ってくれるだろうな、と思う。
「栄香さん?」
手を繋いだままのわたしに驚いた様子で光くんが言う。
「なんで」
離れようとするの、と続きそうになった言葉があまりにも重く、止まる。
一度言葉を飲み込み直して、
「せっかくなら二人で撮ろうよ」
と柔らかく言い換えた。
「そうですね」
小さく笑って頷き光くんが隣に戻ってくる。
わたしたちは邪魔にならなさそうな場所へ寄って頭と頭をくっつけた。
「後で送りますね」
「お願い」
わたしたちは手を繋いだまま、限りなくゆっくりと商店街の中を歩いた。歩調によって進む時間が遅くなるわけでは無いけれど、遠くに見える商店街の終わりがこの夏の終わりのように思えて仕方ない。
途中、光くんがアイスを売るお店の前で立ち止まった。全然食欲は湧かなかったけど、あまりに自然とアイスを渡され、つい受け取ってしまう。
「ありがと」
お礼を伝えるわたしに光くんは「いえ」と優しく微笑んだ。
「チョコで大丈夫でした?」
聞かれてから自分の持っているアイスがチョコ味だということに今更気付いた。
「うん。チョコが一番好きな味だから大正解」
「じゃあ良かった。どこか座りましょうか」
「そうしよ」と答えた声が弾む。
チョコのアイスを食べるとかき氷のチョコ味とはまた違うミルクチョコの濃い甘さが舌の上で溶けていく。
でも、なんで光くんはわたしがチョコが好きなことを知っていたのだろう。もしかして、あの日チョコ味を選んだ事を憶えていたのだろうかと考えるだけで心が浮き上がる。
「光くんは抹茶?」
「ああ、はい」
「好きって言ってたもんね」
光くんは顔を逸らし口を尖らせ「そうですね」と小さく頷いた。
「どうしたの?」
「いや、嬉しいなって」
光くんが顔を背けたまま言う。
その真っ直ぐな好意が嬉しかった反面、怖さも感じた。あまりに純粋な輝きに目が眩んだのかもしれない。受け取っていいのか分からなくなるほど大切なもののように思えたのだ。
「わたしも、すごく、すごく、嬉しい」
噛み締めるように言葉を紡いだ。
少しでも気持ちが伝わっただろうか、と見ると光くんは目を細めて「はい」と笑って頷いた。
わたしたちはしばらく歩き近くの公園のベンチに隣り合って座った。
広い公園の物陰にベンチは隠れるようにあった。辺りが薄暗くなり始めているにも関わらず子供たちが公園の真ん中の方で遊んでいた。騒がしい声が聞こえてくる。
藪蚊に刺されるのが少し心配だった。虫除けはしているけれど効果は懐疑的だ。
「光くん」
アイスを頬に付けていて、拭ってあげようと彼の名前を呼ぶ。
丸い瞳と視線が混じる。
「付いてる」と頬を指差して、わたしはバッグの中からハンカチを探した。
「これ」
以前に光くんが渡してくれたハンカチだった。
光くんのハンカチとウェットティッシュをバッグから取り出し、彼の頬に付いているアイスを拭う。
「ありがとうございます」
「いいえ、これありがとう。ちゃんと洗濯してるから」
ハンカチを見て光くんは「ああ」と思い出したように頷きポケットにしまった。
ゴムボールを蹴った音が聞こえて、ボールがわたしたちの方へと転がってきた。
光くんはベンチから立ち上がり、こちらに走ってやってきた子供へボールを投げて渡した。
ボールを受け取った子供はわたしたちを不思議そうに眺めた後、友達たちの方へと駆けていった。
「大丈夫なのかな、こんな時間まで遊んでて」
辺りはさらに暗くなっていた。時計を見ると七時過ぎ。
僅かに雨の匂いもした。今夜は降るかもしれない。
「田舎は大体知り合いですからね。誰かしらは子供たちを見てるんです」
スマホを触りながら光くんは言う。スマホ画面の明かりで光くんの鼻の周りだけが暗闇の中でぼんやりと浮かんでいた。
そうなのだろうか。もう暗いしどこからか苦情がきそうなのに、と思った。
「送りました」
スマホが通知で揺れた。
「ありがと」
写真を受け取ってフォルダを見る。
わたしたちが一緒に写る最初の写真は向日葵畑で撮った時のものだった。
青空の下で満面の笑みを浮かべるわたしたちの姿に懐かしさすら感じる。スマホを両手で包み込むようにして握りしめた。もう夜が来ていた。
「……帰り、ますか?」
ひぐらしの声が耳を打つ。カナカナと物悲しい声で夏の終わりを知らせているようだった。
「うん」
ふと風呂場にシャワーを浴びせたような音が聞こえてきた。
一気に植物の青い香りと土の匂いが強くなる。パラパラと葉を打つ音がして雨が降り始めた。
光くんがわたしの手を握る。導かれるままに公園の公衆トイレへと駆け込んだ。
「夕立ですね」
髪にハンカチを当てながら見上げた空は暗く、降り出した雨はより激しさを増していく。子供たちはちゃんと帰ることができただろうか。
「どうしよう」
わたしの声が公衆トイレの中で反響して外へと飛び出し雨音にかき消された。
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今年、最後の投稿になります!
本年も読者の皆様のおかげでここまで書き続けることが出来ました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
※一月の上旬は私用で忙しく、中旬の頃から投稿再開の予定となっております。




