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愛人ばかりを愛する御曹司と婚約することになったわたしは神様に頼んで全てを断ち切ってもらうことにしました  作者: 夏草枯々


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14.剪定

「お邪魔します。すみません、わたしたちまでお招きしてもらって」


 父が至留のお父さんへ深く頭を下げた。曲げた背中を見ていると少し老けたように思えた。

 父の隣で微笑む母の髪にも白い線が光って見える。父の会社はまだ厳しいのだろう。二人の微笑む顔にはうっすらと乾いた疲れが滲んでいた。


「じゃあ、ちょっとまた出てきます」


 背後から父の声がする。

 わたしは両親の部屋に荷物を置き、玄関で靴を履いていた。

 

「あら、何か買い忘れですか?」


 至留のお母さんが父に尋ねていた。


「ああ、いえ……紅が村長さんへのご挨拶の時に菓子折りを渡しそびれてしまったらしく。それで、少し車を出すことに」


 わたしは扉を開けて外に出る。

 頼んだ通り、菓子折りを二つ抱えた母が車のそばに立っていた。


「どうなの。至留さんとは」


「それなりに」


「上手くいってるの?」


「どうだろう」


 分からない、と呟き地面に目を逸らす。

 至留と上手くいっているところだけ見ていたくて、ピピッと車の鍵が開く音と同時に扉へ手をかけた。

 お待たせ、と父の声がする。


「婚約の話はちゃんと進んでるんでしょうね」


 暗い後部座席に乗り込みながらわたしは「ん」と曖昧に答え、窓から駐車場を眺めた。

 さっきの返事はまるで至留みたいだった。


「ここ」


 改めて村長さんへの挨拶を終え、光くんのお家へとやってきた。

 車が止まる。


「この、夜越さんって方?」


 車の窓から顔を出して、表札を眺める父に


「うん。そう」


 と返事をして車から降りた。

 わたしは母から菓子折りを受け取り光くんの家の玄関の扉をノックする。

 光くんにはあらかじめ伝えているので多分誰かしらは居る筈だ。


「はいはいはいー」


 中からは光くんのお母さんの声がした。

 扉が開く。玄関に立つ光くんのお母さんと光くんが見えた。


「久しぶりねー栄香さん」


 変わらずお母さんは元気そうな声で言う。

 お久しぶりです、とわたしは軽く頭を下げて、


「この前はお昼をご馳走してくださりありがとうございました。あの、お返しと言っては何ですが」


 と菓子折りを渡す。


「全然気にしなくて良かったのにー。ちょっと待っててねー」


 慌ただしく家の中へとお母さんは入って行った。

 残された光くんは土間の方へと降りてスリッパを履く。


「久しぶり。元気してた?」


「うん。あっ、お菓子ありがとうございます」


「全然。大した物じゃなくてごめんね」


 光くんは笑って「いえ」と小さく首を横に振ってからわたしの後ろを覗いた。


「別荘の方はまだ忙しいですか?」


 光くんは僅かに声量を抑えて言った。

 わたしは「忙しいね」と頷く。

 あの人が仕事を辞めるらしいという話があった日から至留は急に忙しく仕事をするようになった。あれから愛人と連絡をとっている様子はない。

 わたしも至留の仕事を手伝うしかなく掛かりきりになっていた。光くんとの連絡も夜の間だけになっている。光くんはただ「そっか」と目を細めて頷いた。


「それでも、もう少し別荘にはいるみたいだから」


「じゃあ、また暇なときに」


 そっけない言い方。

 光くんに声をかけようとして、「はいはいお待たせ。これ持って帰って、これならみんなで食べられるでしょ」と光くんのお母さんの声が割り込んできた。

 見るとお母さんは袋に入った大きなスイカを手に持っていた。


「ありがとうございます」


 わたしはスイカを受け取る。

 指にかけた袋からズシリとその重さが伝わってくる。


「いえいえ、こちらこそお菓子ありがとう。また光と仲良くしてあげてね」


「はい。じゃあ、ほんとにスイカありがとうございます」


 頭を下げて光くんのお家から車の方へと戻る。

 動き出した車に揺られながらわたしは手を振る二人に窓から身を乗り出して手を振り返す。頭上から照り付けてくる白い太陽が眩しくて目を細めた。


「ちょっと紅。良いかな」


 父の沈んだ声がした。

 窓を閉めて車内に戻ると暗かった。外との差で余計にそう思うのかもしれない。


「ああいうのもうやめなさい」


 母はわたしをはっきりと断じた。

 声からは怒りが滲んでいる。


「鈴風さん所以外の男と遊んだりしないで」


 母が助手席から振り返り言った。

 わたしは「なんで」と強い口調で言い返す。


「あなた、家を潰す気!?」


 母はシートベルトをしていなければそのまま掴みかかってきそうな勢いで叫んだ。


「まぁ、そこまでは言わないけど、他の方が見たら誤解されるからね。ちょっと控えような」


「あなた、ちょっとじゃないでしょ」


 母が隣の父を睨み叱る。

 ハンドルを握る父の背中が少し萎んだように見えた。


「今後一切話すのもやめてちょうだい」


 わたしは逃げるように窓を開けて外を眺めた。

 鮮やかな田園風景が広がっている。田んぼの揺れる稲の上を黒い小さな鳥が軽やかに飛んでいく。

 (もも)の上のスイカを抱きしめ、空中で身を翻して飛ぶ鳥を目で追い続けた。


「それでちゃんと答えなさい。結婚の話はどうなってるの?」


 母から聞かれ


「話はしてる。至留くんも結婚には前向きみたい」


 と答えた。

 その説明に母は「そう」とため息を吐く。

 至留は結婚に乗り気では無いけれど、それを説明する気力がもう無い。光くんに会えると浮かれていた午前中の気分が嘘のように沈んでいた。


 わたしたちを乗せた車が果樹園の前を通り過ぎる。青々と茂る大きな葉をつけた低い木々が並んでいた。

 灰色のつなぎを着た村の人が一人枝に(ハサミ)を入れていく。

 鋏が閉じられるたび、濃い青色の葉っぱが畑に落ちていく。剪定(せんてい)作業だ。美しく木を飾るため、余分な枝を切っていく。


「子供も早いうちに一人くらいは産んでおきなさいよ。年取ると色々大変だから」


 ──子供、ね。


 座椅子に頭を預けて目を瞑り、無機質な目をした至留の姿を思い出す。

 夏休みを終え、至留の家に帰ったら多分わたしたちは籍を入れる事になるだろう。

 栄香さんと呼ばれることもなくなり、至留のいる職場で働き、子供が出来たら辞める。


 ──きっと、この夏の思い出も、やがて土に帰る。


 聞こえるはずのない鋏の音がふいに鼓膜をはっきりと揺らした気がした。

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