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泉鏡花『妖怪年代記』 現代語リライト  作者: らいどん


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 お(むら)(おとしい)れたそもそもの張本人であるお(はる)は、素知らぬ顔を取り繕いながら、(はた)()の家に勤め続けていた。

 人には()(へき)があるものである。この女は極度に蜘蛛(くも)を怖れて、蜘蛛ということばを聞いただけで絶叫するほどで、まして蜘蛛そのものを目にすると、顔色が青ざめて死人のようになったという。

 お村が虐殺されてから四十九日にあたる日の夜更けのことである。

 お春は(かわや)に行きたくなって、寝床から起き出した。その帰りに寝ぼけ(まなこ)で迷ってしまい、あの()(てん)(じょう)の部屋に入ってしまった。ここはあの部屋だと気づいたときには、頭から爪先まで氷を浴びた気持ちになり、ガタガタと歯の根も合わないほどおののいていた。気味が悪いと思いながらも、()(しょく)(あかり)に照らされた先に血の足跡を仰ぎ見たそのときである。天井から一匹の蜘蛛が糸を引いて垂れ下がり、お春の(ほお)にくっついた。

「あっ」

 と叫んで棒立ちになる。蜘蛛(くも)(のど)をつたって胸に入り、腹から背中へと這いまわった。お春は声も立てられず、身を(もだ)えて、()(くう)をつかみながら苦しんでいたが、不意に倒れるとそのまま意識を失った。夜更けのことでもあり、誰も気づかず、翌朝になって発見された。

 お春の身体(からだ)は冷たくなっていた。蜘蛛が()った跡は、まるで()()(たい)のそれのように、首に青い(すじ)を描いていた。


 お春の最期を目のあたりにして、旗野の神経は狂いはじめた。あらぬことばかりを口走り、一ヶ月間ほど錯乱状態が続いたが、月光の()えたある夜のこと、戸外に旗野をおびき出すかのような、なんらかの姿が現れた。彼は居間からさまよい出て、そわそわと庭をさまよっていたが、やがて恐ろしい声を発した。

「おのれ!」

 と言うなり刀を抜き、(たけ)(やぶ)に躍りかかって、えいっと切り口も鮮やかに竹を斬り倒す。そのまま転んで、斜めに尖った竹に胸を貫かれ、その場で絶命した。(いん)()(おう)(ほう)とはこのことである。

 旗野の家は主人が絶えてのち、代を継ぐ子もなかったため、そのまま断絶となった。


 幾年もの年月を経て、現在の(まつ)(かわ)()(じゅく)となるまでには、さまざまな人がここに移り住んだ。しかし、ひと月以上住み続けた者は皆無で、ほとんどは半月もいられなかった。極端な場合、一晩きりで引っ越した者もいたほどである。

 松川一家が転居してきてからは別段変わったこともなく、彼らはすでに二ヶ月間あまりも落ちついている。これは異例なことだと、近所の人々はうわさしている。

 とはいえ最初のころは十数人の寄宿生がいて、授業も大いに(にぎ)わっていた。それが二人、三人と去り、(しま)いには一人もいなくなった。今は昼間のあいだ通学生が来るだけで、寄宿生は新たに入学した僕一人である。


 冒頭に述べたように、僕がこの塾に入学したのは、学問をするためではない。この家にどんな不思議が隠されているのか、探ってみようと思ったからである。

 ()(しつけ)なことゆえお許しをいただきたいのだが、僕には妙な性癖があって、奇怪なことを見たい、聞きたいという欲望を抑えきれない。もともと腕力に()けていて、妖怪を退治しようというわけではない。研究心を抱いて、怪異を研究しようというわけでもない。俗に言う、怖いもの見たさが(こう)じただけの、たんなる物好きなのである。


 さて、松川私塾に入学して、さっそく開かずの間を探検しようとしたのだが、開かずの間は板戸に釘を打ちつけた密閉状態で、開けることができなかった。しかたなく板戸の隙間からなかの様子をうかがうと、三十畳ほどの広さがあり、あちらこちらに柱が立ち並んでいる。日中であるにかかわらず、かすかな光しか差さない室内は(あん)(たん)として、(いん)(うつ)な空気のなかで雨漏りの染みが壁に()(ぎょう)のかたちを描いているのがほのかに見えて、()()(せり)るものがあった。

 覗き見をした僕の目が無事であったことは収穫だが、それ以外にはなんの発見もない。次は()(てん)(じょう)を見に行くことにした。


 ()(てん)(じょう)の部屋も現在は使われていないため、掃除がされることもないようだ。畳は(ちり)(ほこり)で埋まり、(はり)には(ねずみ)(ふん)が積み重なり、障子も(すす)け切っている。呪いの(けっ)(ぱん)があるのはあのあたりかと思われる部分も含めて、天井全体が黒ずんでいて、長い年月を経た(けっ)(こん)は判明できなかった。


 歌枕として名高い(さら)(しな)の月を実際に見ても、月が四角だったなどというほどの驚きがあるわけでもない。名所と呼ばれる場所の多くは、失望の種にほかならないのである。だがまだ(さん)()()()には(たけ)(やぶ)が残っている。どうやら土地の人は有名な禁足地である()(わた)(やぶ)()らずをこの竹藪に重ねて、奥に踏みこむことを恐れているようだ。見るからにゾッとするような、昼なお暗き別天地であり、お村の死骸もそこに埋まっているのだというから、安易に足は踏み入れ難い。僕はまず、探検の下準備に取りかかることにした。

 僕が入学をしたころ、誰かに棄てられたような一頭の野良犬が、よく庭先をうろついていた。それを見て、思うところがあった僕は、犬の頭をなで、背中をさすったりして馴らしていき、(まかない)の食事をいくらか分け与えてきた。そうして三日も経てば、早くも犬は僕を飼い主だと思い、命令を聞くようになっていた。


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