とっても浅い人付き合いが細い絆になって居場所を作っていく
* 武 頼庵(藤谷 K介)さまご主催の【能登沖地震復興支援!!】 繋がる絆企画への参加作品です。
あなたは出勤中に、「おはよう」と声をかける他人がいますか?
日本での通勤を思い出すと、私には一人もいなかった気がします。
心に余裕がなかったのでしょう。
これは、そんな話題のエッセイです。
ー◇ー
私には、自宅を出て職場に着くまでに「おはよう」という相手がいる。
毎日同じ時間帯に同じような場所ですれ違うから、いつからとは無しに挨拶するようになった人たち。
まずはプラチナブロンドのベリーショートがかっこいい同年代のおねえさん。
緑地公園でいつもスコッチテリアのお散歩をしている。
黒のライダースジャケットにスキニージーンズがよく似合ってるのに、「おはよう」と手を振ると目尻に笑い皺をよせて「元気?」と聞いてくれる。
次はスーパーで働く30代後半の女性。
眼鏡をかけて色白の肌が綺麗で、ちょっとふっくらしている。
目礼して行違うのが常だったのに、ある春の日に彼女が着ていたコートが素敵で、「あら、おニューのコート! よく似合ってる」と声に出してしまった。
その後はシャイなのだろうに、「おはよう」と声を聞かせてくれるようになった。
公園を抜けて歩道に出ると、西部劇の俳優さんに似たおじさんとすれ違う。
彼はいつもクールで、目を合わせてコクッと頷くだけ。
コンビニに新聞と牛乳を買いに行くのだと思う。
狭い歩道で、近くの高校生が自転車で通るのを同時に避けたのが端緒だった気がする。
バス停では、海辺の町の友達に会いに行くおじさん。
私がバス内で気分が悪くなって、ウィンドブレーカーを頭からすっぽりかぶっていた時にはとても心配してくれたから、私の持病のことを話しておいた。
同じバス停で会っていた、飼い犬の調子が悪くて獣医さんに通っていたおじさんは、ワンちゃんが亡くなってもう見かけなくなった。
必ず「おはよう」か「ハロー」を言うのはバスの運転手さん。
運転席側から乗る方式で、昔はチケットを買い、今はカードリーダーにカードをかざす。
下りる時にも前からだから、「ありがとう、いい一日を」というと「そっちもね」と返してくれる人が多い。
22年も同じ路線のバスに乗っていると、大抵の人と顔見知りだ。
お世話になった運転手さんが昇進して、見習い運転手の指導役として同乗していると、ちょっとからかってみたくもなる。
みんながみんな、毎日会うわけじゃない。
だからこそ、会えた日は嬉しいし、何日か会えないと何かあったかな、と思う。
誰の名前も知らないのに。
希薄だけど細い絆が繋がっている気がする。
薄汚い職場の作業服に安全靴を履いて出勤する私。
その異様な出で立ちの上に明らかに外国人であっても、ほんのささやかな言葉と笑顔をくれる優しさ。
一人一人との繋がりは糸のように細いのに、何人も重なってくるとブランケットのように私を包んでくれる気がする。
「自分はここにいていい」「ここが自分の居場所なんだ」と思えるものになってくる。
ひょんなことから名前を知って、仲のいい友達になれた人もいるのだから。
声かけと細い絆は恐らく、自分の周りに居場所を作り出すとっかかりだ。
外国に暮らす私は特に、絆の芽生えを見逃さないよう、これからも心に余裕をもって生活したいと思う。
そしてもし、「自分には居場所がない」と悩む人があれば、ほんのささやかな働きかけとして、参考にしてみてほしい。
ー了ー