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7、腐っていく



「……おなか、すいた……」


 もう何日経ったのか、わからなくなってきた。

 意識を失うように眠って、目が覚めても、お母さんは帰ってこない。


 私はベッドの上の食べ物を少しづつ、本当に少しづつ食べた。

 いっぱい食べてしまうと、減っちゃうから。

 お母さんが帰ってきた時に……「たくさん」じゃなかったら、がっかりされちゃうから。


 少しだけ、パンをちぎって。

 お肉は絶対に、お母さんに食べて欲しいから。

 果物は、皮を齧った。

 美味しいところは、お母さんに「まぁ、美味しい!」って驚いて欲しいから。


 減らないように、食べちゃわないように……。







「うわっ、臭い……なんだこれ……!あのおぞましいジプシー女め……!なんだこの、動物の死骸は!!ぐわぁっ、蛆塗れじゃないか……!!」


 ガタガタと、音がした。


「お、おかあ、さん……」

「うん? なんだこの……おい!なんだ貴様!!二人住んでいるなんて聞いてないぞ!!ジプシーめ!子どもがいることを隠していたな!?」

「……?」


 怒鳴る、顔を真っ赤にして、怒っている……太った男の人だった。


 床に寝ている私の髪を掴んで顔を見て、ぺっと、唾を吐いてくる。


「床も寝台もぐちゃぐちゃじゃないか!!こっちが情けでジプシーに部屋を貸してやったというのに、恩をアダで返しおって!!これを直すのにいくらかかるか!!」

「……」


 なんだろうこの人。何を怒っているんだろう。

 お母さんのことだというのは、なんとなくわかる。


「……おかあ、さん……は?」

「あ?お母さん?あのジプシーなら……」


 男の人は一度黙って、考えるように目を細めた。


『まぁ、本当の事を言ってもこんなガキには理解できんだろう。それに、あの女と違い、肌の色は白い、顔も悪くないな……』


「……?」


 口は動いていないのに、頭の中に何か、聞こえてきた。


「お前の母親は病気になったんだ。治療代もない。このままじゃ死ぬだけだから、せめて葬式くらい出してやろうと、部屋に葬式代くらいないか見に来たんだが……」

「お、かあ、さん……しん、じゃうの?」

「このままではな」


 重々しく、男の人が頷いた。


 私は目からぽろぽろと涙が出てくる。


「いや……嫌だ……いや」


 優しいお母さん。


 私がたくさんの食べ物を、お母さんに渡せなかったから、病気になってしまったんだ。

 部屋でなんて待ってないで、飛び出せばよかったんだ。

 窓はあいてたんだから、飛び出せばよかった。


 お母さんが病気。

 どんなに苦しいだろう。

 死んでしまうかもしれないと、男の人が言う。


 私はずるずると、ベッドの下を這った。

 お母さんにあげようとしていた食べ物を狙って、鼠とか、虫がたくさん入ってきたけど、私は追い払ったり、叩いたりして、食べ物を守ったけど、全部、全部、腐ってしまった。


 私がお願いすべきだったのは、食べ物じゃなかったんだ。


「これ……お金……ある、から……お母さん……」

「……なんだ、この金は……盗んだのか!?」

「違う……」

「こんな大金……!!ジプシーが客を取って稼げる金額じゃないぞ!?金貨じゃないか!!」


 ばっと、男の人は私からお金の入った袋を奪って、中を確かめた。


「……これは……あのジプシーの話は本当なのか?あの女……昔は、貴族の屋敷でメイドをしていたと……この子どもは……その時の貴族との子だと……」


 何の話をしているんだろう。

 男の人はぶつぶつと、独り言を続ける。


 私からお金を受け取ったんだから、そのお金で、お母さん治療をしてくれるよね……?


「……お母さんを……」


 ぐいっと、私は男の人のズボンを掴んだ。


「えぇい、触るな!汚れる!!」


 けれど男の人は私を蹴ってそれを退かせて、ぐるぐると部屋の中を歩き回った。


『……この金が……手切れ金の残りだとしたら……本当に、このガキは貴族の子なのか……?そうだとしても、ジプシーとの間の子など、まともに認知はされんだろうな……それより、貴族の血を引いているというのなら…………良い商品になるんじゃないか?』


 まただ。


 口を動かしていないのに、男の人の声が聞こえる。


 私はお腹が空いて、喉も乾いて、眠くて、体が痛くて、そのまままた、意識を失った。




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