7、腐っていく
「……おなか、すいた……」
もう何日経ったのか、わからなくなってきた。
意識を失うように眠って、目が覚めても、お母さんは帰ってこない。
私はベッドの上の食べ物を少しづつ、本当に少しづつ食べた。
いっぱい食べてしまうと、減っちゃうから。
お母さんが帰ってきた時に……「たくさん」じゃなかったら、がっかりされちゃうから。
少しだけ、パンをちぎって。
お肉は絶対に、お母さんに食べて欲しいから。
果物は、皮を齧った。
美味しいところは、お母さんに「まぁ、美味しい!」って驚いて欲しいから。
減らないように、食べちゃわないように……。
*
「うわっ、臭い……なんだこれ……!あのおぞましいジプシー女め……!なんだこの、動物の死骸は!!ぐわぁっ、蛆塗れじゃないか……!!」
ガタガタと、音がした。
「お、おかあ、さん……」
「うん? なんだこの……おい!なんだ貴様!!二人住んでいるなんて聞いてないぞ!!ジプシーめ!子どもがいることを隠していたな!?」
「……?」
怒鳴る、顔を真っ赤にして、怒っている……太った男の人だった。
床に寝ている私の髪を掴んで顔を見て、ぺっと、唾を吐いてくる。
「床も寝台もぐちゃぐちゃじゃないか!!こっちが情けでジプシーに部屋を貸してやったというのに、恩をアダで返しおって!!これを直すのにいくらかかるか!!」
「……」
なんだろうこの人。何を怒っているんだろう。
お母さんのことだというのは、なんとなくわかる。
「……おかあ、さん……は?」
「あ?お母さん?あのジプシーなら……」
男の人は一度黙って、考えるように目を細めた。
『まぁ、本当の事を言ってもこんなガキには理解できんだろう。それに、あの女と違い、肌の色は白い、顔も悪くないな……』
「……?」
口は動いていないのに、頭の中に何か、聞こえてきた。
「お前の母親は病気になったんだ。治療代もない。このままじゃ死ぬだけだから、せめて葬式くらい出してやろうと、部屋に葬式代くらいないか見に来たんだが……」
「お、かあ、さん……しん、じゃうの?」
「このままではな」
重々しく、男の人が頷いた。
私は目からぽろぽろと涙が出てくる。
「いや……嫌だ……いや」
優しいお母さん。
私がたくさんの食べ物を、お母さんに渡せなかったから、病気になってしまったんだ。
部屋でなんて待ってないで、飛び出せばよかったんだ。
窓はあいてたんだから、飛び出せばよかった。
お母さんが病気。
どんなに苦しいだろう。
死んでしまうかもしれないと、男の人が言う。
私はずるずると、ベッドの下を這った。
お母さんにあげようとしていた食べ物を狙って、鼠とか、虫がたくさん入ってきたけど、私は追い払ったり、叩いたりして、食べ物を守ったけど、全部、全部、腐ってしまった。
私がお願いすべきだったのは、食べ物じゃなかったんだ。
「これ……お金……ある、から……お母さん……」
「……なんだ、この金は……盗んだのか!?」
「違う……」
「こんな大金……!!ジプシーが客を取って稼げる金額じゃないぞ!?金貨じゃないか!!」
ばっと、男の人は私からお金の入った袋を奪って、中を確かめた。
「……これは……あのジプシーの話は本当なのか?あの女……昔は、貴族の屋敷でメイドをしていたと……この子どもは……その時の貴族との子だと……」
何の話をしているんだろう。
男の人はぶつぶつと、独り言を続ける。
私からお金を受け取ったんだから、そのお金で、お母さん治療をしてくれるよね……?
「……お母さんを……」
ぐいっと、私は男の人のズボンを掴んだ。
「えぇい、触るな!汚れる!!」
けれど男の人は私を蹴ってそれを退かせて、ぐるぐると部屋の中を歩き回った。
『……この金が……手切れ金の残りだとしたら……本当に、このガキは貴族の子なのか……?そうだとしても、ジプシーとの間の子など、まともに認知はされんだろうな……それより、貴族の血を引いているというのなら…………良い商品になるんじゃないか?』
まただ。
口を動かしていないのに、男の人の声が聞こえる。
私はお腹が空いて、喉も乾いて、眠くて、体が痛くて、そのまままた、意識を失った。