4、ロクでもない悪魔
「これはこれは愛らしいお嬢さん。どうぞこの憐れな悪魔めを、どうか助けてくださいませんか?えぇ、えぇ、もちろん、お礼はたっぷりさせて頂きますので。どうぞお慈悲を」
瓶の中で猫なで声で助けを求めてくる悪魔さん。
私は瓶を床に置いて、自分もちょこん、と床に座ったまま腕を組んだ。
「そのお礼、お礼参りのお礼なニュアンスがします」
声から察するに、プライドの高い感じがする。
現実世界でも大人たちの声音を窺うことの多い私は、こうした「優しい顔をしているけれど内心腸が煮えくり返ってしょうがない」人の声がわかるのだ。
「悪魔さん。こんな小娘になぜ自分がこんな目に遭わせられたのかと、そういうかんじの怒りを抱いている気がします」
「いえいえ、そんなそんな。そのようなことはありませんよ、賢いお嬢さん」
私を勘違いだとしているのに、賢いと褒めるような言葉を言ってるあたり、馬鹿にしていらっしゃらないか??
「していませんよ。賢いというのは本心でございます」
「……おや?」
心が読まれたような、感じがしますが???
「はい。そうです。悪魔ですから、えぇ、このくらいは」
にっこりと、蜘蛛の目が笑ったような気がした。
……こっちの考えていることがわかる、というのなら……悪魔とか言うけど、見かけは蜘蛛じゃんダッサーとか、こんな幼女に捕まって恥ずかしいのに無理してかっこつけてるプップーとか、そんなことを考えてもまるわかり、ということか。
「…………それはあくまで、僕の反応を試していて、本心ではない、と思っていいのでしょうか?」
「そうですそうです。冗談ですよ」
「……そうですか」
納得いかなそうな声だけど、納得した方がいいとご判断くださったようです。よかったよかった。
「安心してください。夏休みの自由研究でセミの抜け殻集めとか虫の標本を作ったことはありませんし、悪魔を瓶詰にして飾っておきたいなぁっていう目的での捕獲じゃありません」
「すいません、今頭の中に流れてきた大量の茶色い乾いたものとか、ピンで刺された虫の死骸の映像はなんなんでしょう。僕の未来ですか?」
私はやってないけど、同級生でそういうのに勤しんだ子はいたから思い浮かべちゃったのか。仕方ないね。
でも、自分で言うのもなんだけれど、夢の中とはいえ、こんなにあっさり悪魔が捕まって良いものなんだろうか。
蜘蛛だし、そんなに大したことない悪魔だとしても、鏡と瓶で幼女に捕獲される悪魔って、なんか大したことできなさそう……。
「……いえ、通常。このような粗末な方法では悪魔を捕らえることなど不可能です」
「でも今掴まってるので説得力が……ロスト……」
「この瓶とて、ただの硝子瓶の筈なのですが………内側から、この僕が力を入れても、びくともしない……あの悪魔を呼ぶ歌と言い……貴方が何かしたのではないのですか?」
いえ、ベッドの下にあった普通の瓶だし、この歌はこの夢の中の母が寝る前に歌ってくれた子守歌をうたっただけですね。
自分の力不足をなんとか誤魔化そうとしている悪魔さんですが、まったく誤魔化せない。
私は瓶を手に取って、ふるふると振ってみる。
蜘蛛の悪魔さんが水に溺れるとかなんとか叫んだので、内側から脱出できないのは本当らしい。
「そう言ってるじゃありませんか!」
「え、でもほら……悪魔の言葉ですし……」
実は出られないフリをして油断させるつもり……という可能性もあるし……。
突然瓶が割れて大きくなって襲われたりしたら嫌だから……。
「でも、ごめんなさい」
疑った事に関しては悪いと思わないけれど、水が嫌なのに怖い思いをさせてしまった事に関しては謝るべきだろう。ぺこり、と瓶を持って頭を下げると、悪魔さんが「この小娘、何か感覚がおかしいのでは!」と叫ばれた。