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2、夢の中だもの、お母さんが愛してくれる


「まぁ、カナン……ごめんなさいね、お腹が空いているでしょう? こんな時間になってごめんなさいね」


 空腹でも部屋から出る事も出来ず、仕方ないのでじぃっと出来るだけ体力を使わないようにしていたらあっという間に時間が経っていたらしい。


「……?」

「まぁ、ねぼすけさん。何か夢を見ていたの?困った顔をしているわね。お母さんの顔を忘れちゃった?」

「…………」


 ベッドに横たわる私を、優しい目で見下ろしているのは黒い髪に褐色の肌の、エキゾチックな美女。美しい人であることに間違いはないのだけれど、その顔色は悪く、鎖骨が浮くほどに痩せている。

 

 自称母。


 私の、現実の母、と似ても似つかない姿だ。

 彼女の髪は染めていて金色で、パサパサしているし、いつも濃いお化粧をしている。彼女はとてもよく食べるのでもっちりとふとましかった。


「……お、お母さん」


 私が恐る恐る呼ぶと、黒髪の美しい人はにっこりと微笑んで、私を抱きしめた。


 不思議と、知らないひとに突然拘束されたのに、私に恐怖はなかった。


(これは夢。これは夢。夢だから、私に優しいお母さんがいるんだ)


 この暖かい、優しい腕は、私をぶったりしないのだと、夢の中なのだから、安心していい。


 私は夢の中なので、ここはにっこり笑うべきだったのに、ぼろぼろと涙が出てきた。


「ぐ、うぅ、ぐ、うぇえええぇええ……!」

「まぁ! まぁ、どうしたの? カナン? まぁ、ごめんなさい。泣くほどお腹がすいていたのよね、ごめんなさいね。お母さんね、今日はお客さんからパンと果物を貰ったの。ほら、ね。美味しそうでしょう」


 慌てて母は私をベッドの上に座らせたまま、自分の前掛けから小さな包みを取り出して広げて見せてくれる。


 一切れのパンに、干しブドウのようなものが3粒ほどだ。


 母はそれを大切そうに掌に乗せて、ブドウを摘まむと私の口の中に押し込んだ。


「ほら、ね? 甘いでしょう? 美味しいのよ。ね、ほら、甘い物を食べると、落ち着くのよ」


 よしよしと私の頭を撫でて母が歌うように話す。声だけで人を安心させられるような人が、優しい手つきで頭を撫でてくれると、それだけで眠ってしまえそうだったけれど、それより今はお腹が空いている。


 パンを貪るように食べると、母が水を渡してくれた。


「のどを詰まらせないようにね」

「う、うん」

 

 ごくごく、と水を飲むと、小さなパンはあっという間に食べつくしてしまったことに気付く。


「……あ」


 お母さんの分まで、食べちゃったんじゃないか。


 私が不安になって母を見上げると、母は微笑した。


「お母さんはお客さんのところでちゃんと食べてるから、これはカナンのよ。ブドウは明日の朝食べましょうね」


 指先程の小さな干しブドウを紙に包んで、母は言った。


 ……食べたというのは嘘だろうと私にはわかった。

 亡くなった祖母がそうだった。

 自分もお腹が空いているだろうに、いつも私に譲ってくれた。お腹が鳴っているのを私が聞こえないように、紛らわすように水を飲み、歌を歌ってくれた祖母と、この母は似ている。





 この夢の中の私の名前は「カナン」というらしい。


 カナン。

 聞き覚えがあるのは、多分、学校の友達の家で遊ばせてもらった「乙女ゲーム」というのの悪い女の子の名前と同じだからだと思う。


 夢というのは、自分の知識の組み合わせだと図書館の本で読んだことがあるから、多分、私が印象的に思った女の子の名前がこうして出ているんだろう。


 乙女ゲームの「カナン」は悪女。悪役令嬢だと、友達は教えてくれた。


 彼女は本当は貴族じゃないのに、貴族の家に「自分が行方不明の娘だ」と潜り込んだ悪い女の子だった。

 偶然、ある公爵家で「旅先で亡くなった夫婦の娘が行方不明」だと知り、同じ孤児院で育った女の子がその「本当の娘」であることを知ったカナンは、その「本当の娘」を孤児院から追い出して、自分が彼女の持っていた、両親の形見や思い出話を証拠にその貴族の家に迎え入れられる。


 乙女ゲームの主人公であるその「本当の娘」は、追い出された先で様々な苦難に会うけれど、「神々の寵愛」という素質を持っていたため、彼女は絶対的に不幸にはならず、必ず誰もが彼女を好きになり、協力してくれるのだ。

 主人公はとある子爵夫妻を偶然助けたことで、その子爵家の養女となり、貴族の子供たちの通う学園に入学する。


 そこで、王子と婚約している公爵令嬢カナンと再会し、自分の秘密をバラされるとカナンは恐れる。


 もちろん主人公はカナンが自分のフリをして公爵家に収まったことを知らないし、カナンが最初から公爵家の人間だったのだと信じている。


 カナンは秘密がバレる前に、主人公を学園逃げ出すようにいくつもの嫌がらせを受けるのだけれど、健気で愛らしい主人公は王子の心を射止め、義理の兄や周囲の魅力的な男性キャラクターに助けられつつ、悪女カナンの謎を解き明かしていく……。


 と、そういうストーリーだ。


 私は友達が「主人公って本当に素敵でしょう!」と色々教えてくれる中で、カナンのことがとても気になった。


 自分が不幸だと認めていたカナン。

 そして、自分が幸せになるために手段を選ばないカナン。


(すごいなぁ、強いなぁ)


 もちろん、彼女のしたことは駄目だとわかってる。

 わかっているけど、私はそれでも、カナンのことが気になった。


 だからこうして、カナンと同じ真っ赤な髪に青い目になってるんだろうなぁ、と、納得した。







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