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1、なるほどこれは、夢の中

※児童虐待の描写があります、苦手な方は閲覧をお控えください。



 面白半分に押し付けられた煙草の熱さに、反応しないよう私は必死に歯を食い縛って耐えた。

 声を上げれば、うるさいと殴られる、あるいは最近めっきり、喜怒哀楽を示さなくなったものが騒いだと、騒がせることができたと、ゲームの達成感のようなものを与えることを私はわかっていた。


 今日は私の誕生日。

 十二歳の誕生日。

 世間では、誕生日には真っ白いクリームに真っ赤な苺が乗った甘いケーキを食べるそう。

 けれどそんなもの、記憶にある限り見たことがない。


 あ、いや。一度だけある。


 まだ母がパートでなんとか、自分だけで生活をしようと頑張ってくれていた頃「今日はクリスマスだから、ケーキでも買ってね」とパート先の上司が二千円をくれたとかで、コンビニの小さなケーキを買って帰って来てくれたことがあった。

 だから、ケーキというのが白くて苺が乗っていて、甘いということを私はちゃんと知っているわけで。


(誕生日に、自分の歳の数だけ蝋燭が立てられるっていうけれど、今日は、十二より多く、火傷を付けられるんだろうなぁ)


 ぼんやり、と、そんなことを考えて、私はゆっくりゆっくり、自分の感情に蓋をした。






「……と、これが……わたしが覚えてる、最後の記憶なんだけど」


 うーん、と、私は短い手足を一生懸命動かしながら、床に座って自分の状況を確認してみた。


 目の前には割れてくすんでいるけれど、姿見としてそれなりに使える大きな鏡。その前にしゃがんでいるのは、曇った鏡にもはっきりとわかる程、燃えるように赤い髪の女の子。まだ七つか六つくらいの幼い子。大きな青い目をぱちり、ぱちりと瞬かせて私が手を動かすと鏡の幼女も同じように手を動かし、私が自分の頬をつねると、幼女も自分の頬をつねって顔を顰める。


「おわかりいただけただろうか……つまり、これが。わたし。イッツミー」


 ふぅむ、と、私は記憶にある物語の探偵のように、わざとらしく口元に手をあててポーズを取ってみる。


「知らない場所……知らない姿。なるほど、つまり。これは夢」


 母の交際相手の暇つぶしの……暴力、虐待、躾、まぁ、言い方は何でもいいのだけれど、そういうものに四六時中あっているので、殴られ気絶してそのまま夢の中、あるいは動かなくなったのでベランダに出されてそのまま怪我&体温低下で瀕死状態……で、夢を見ている、のかもしれない。


 そういえばこの前、臭いと風呂場に引き摺られて水と洗剤をかけられた時に見た夢は、綺麗な川で二年前に亡くなったおばあちゃんが「もういい、もういいからこっちにおいで!」と泣きながら必死に手招きをしている夢だったっけか。あんまりにもおばあちゃんの顔が辛そうだったので、自分が傍にいったら迷惑をかけてしまうだろうからと、全力で反対方向にダッシュしたら、夢がさめてしまったけど。


「別人になる夢っていうのは初めてですね~」

 

 よっこらしょっと、私は立ち上がって部屋の中を見渡す。


 ところどころ隙間風の、木造の建物。私がいる部屋は四畳半ほどのとても狭い場所で、洗っていなさそうな汚れたシーツのはってあるベッドど、鏡、それにふちの欠けている洗面器が引き出しもないただの棚の上に置いてあるくらいだ。


 ぐぅ、とお腹が鳴る。


 現実でもいつもお腹がすいていてしんどいのに、夢の中でくらい満腹状態でいてくれないものだろうか。

 部屋の中には食べられそうな草もない。


 外に出て、コンビニとか、パン屋さんとかあれば……ゴミ箱を漁らせてもらえればいいのだけれど、部屋の扉をガチャガチャとやっても、鍵がかかっているのか開かない。


「……小学校に行く前みたい」


 思い出す。

 物心ついた頃から、押し入れの中で生活していた。部屋は、この四畳半より少し広い、六畳くらいあったけれど、私のいていい場所は押入れの中だった。

 母が出かけて、帰ってくるまで、押し入れの中で大人しくしていないとだめだった。

 電気はつけちゃいけなくて、水は母が出かける前にペットボトル一本に水を入れてくれて置いていってくれるから、それを飲んだり、手につけて顔を洗ったりした。


 押入れの半分を開けていていいのは母がいない時だけで、窓の外が明るかったから、押し入れの中でも怖くなかったけど、夜になって母が帰ってきて、押し入れが閉められて、開けられないように外側からガムテープが貼られると、ほんの少しの、隙間からの明かりしかなくて怖かった。


 まぁ、今はもう慣れたけど。


「ベッドがあるのは、わたしがせめて足を伸ばしてやわらかい場所の上で寝たいって思ってたからかな?」


 よいしょっと、幼女の身体を動かしてのぼると、ギシギシと音がすごいけれど、弾力のあるベッドだった。なんか全体的に臭いけれど、板の上よりずっとマシである。


 というか、この部屋。

 それなりに汚いのだけれど、それはそれとして、小奇麗、とも言えた。


 なにせ私の現実の家は、埃と泥と砂と髪の毛でいつも汚れてる。小学校にあがって、私が「掃除」というものを知ってから、自分の服で拭いたり(雑巾とか無いので)手で払ったり(箒とか無いので)してもキリがなかった。


 けれどこの部屋は、臭いし狭いし汚れてはいるのだけれど、埃は溜まっていないし、ベッドの上にも髪の毛が残っていることがない。つまり、部屋自体は“けいねんれっか”とか、そういうのでどうしようもないだけで、部屋を使っている人間、つまり私?は、それなりに掃除をがんばっているようだった。


 いや、でも、見た限り、幼女の私では掃除は行き届かないだろう。窓枠の上の方も綺麗にふけている。これはつまり、私以外にもこの部屋を使っている人間がいるわけだ。


「夢の中の……登場人物」


 さて、どんな同居人だろうかと私は考えてみる。


 けれどどんなアニメでもドラマでもある程度判断材料があって探偵キャラは謎解きが出来るのであって、材料ZEROでは何もわからない。こんな状況でわかるのは科学捜査班かシャーロック・ホームズくらいだろう。


 エアコンが効いているからと図書館に入り浸って色んな本を読んでいた私は、この状況を楽しむことにした。

 どうせ目が覚めたら、現実は何も変わらず、殴られるか蹴られるか、髪を掴まれるか、裸のまま外に出されるかと、ロクでもない。


 少なくともこの夢の中に、母の交際相手であるあの男は存在しないのだから、私は私の時間を楽しんだっていいだろう。多分。きっと、夢の中だから、怖い事なんかないはずだ。




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