(2)
学園でエルフィーネの姿を見かけることになっても、これまでと同じように月2回の交流は続いた。
最近は悪戯をするような年齢でも無いし、そもそも効果が無いなら単なる手間だ。
俺はひたすら、彼女が瞳を開けないか見ていた。こんなに見詰めているのだから、侍女たちがお茶の準備などで背を向けている間にちらりとでも開ければ良いのに、男心がわからん女だと俺は徐々に思うようになった。
学園の令嬢たちは俺の気を引こうと俺を褒め称えたりしながら、精一杯のアプローチをしてくる。
俺にはエルフィーネがいるからそんなものに靡くはずもないが、それでもその健気な努力は可愛いと思っていた。
そんな令嬢達に囲まれている俺に対して、エルフィーネももう少し嫉妬するなりして俺を惹きつける努力を見せてくれれば良いのにということも、最近の不満になっていった。
そんな不満を重ねていたある日、同じクラスのリットン侯爵家に連なるマゼラン侯爵家のディエゴと図書館でレポート課題に取り組んでいた。
周囲にはまばらに生徒がいて、皆独りで又は友人と調べものをしたりして過ごしていたようだった。
俺達の席から2つ向こうのテーブルでは、令嬢グループが課題に取り組んでいるようで時折相談し合う声が聴こえてきていた。
「ふふふっ、真剣に頑張る令嬢達、可愛いなぁ。隣のクラスかな?でも少し幼くも見えるから、1学年下かな?」
ディエゴは楽しそうに令嬢達のテーブルを見ていた。
「余裕だな。課題は進んだのか?俺は終わったら先に帰るぞ」
「え~、そんな薄情なこと言わないでよ。いいじゃないか、目の保養だよ。学生の間くらい他の花を愛でたいじゃないか」
ディエゴにももちろん婚約者はいる。しかしお互いに政略結婚と割り切っているせいか、干渉しあわず学生時代はそれぞれに過ごしているという。
俺は真に美しいものを知っているから、あれぐらいの令嬢達では目の保養にもならない。
ディエゴには応えず、再びレポートに目を落とした時だった。
「えっ?」
「ひぃっ」
「きゃっ」
先ほどの令嬢達の方から口々に小さな悲鳴が聴こえ、俺は思わずそちらを見た。
「やあ。放課後も図書館で勉強なんて、偉いな。何か困っているのか?ん?」
急にヴォルフラムが現れた。そして、おそらく奴の婚約者であろう令嬢のレポートを覗き込んだ。
「ああ、これかな?これはあちらの書棚に参考になる本があるから取ってきてあげよう」
そう言って奴は書棚に向かい、すぐに目当ての本を持って帰って来た。
「この本の第3章の2項を見るといい。そこを要約してうまく嵌めれば良い評価を得られるだろう。あまり根を詰めず、気を付けてな」
そう言って、奴は現れた時と同じように急にいなくなった。
この間、件の令嬢は顔を青褪めさせたまま一言も発しなかった。
今もなおガタガタと震えている。
「あれ、やばくない?ご令嬢達、完全にひいちゃってるし。あいつからしたら親切心なんだろうけど、あんなに婚約者に怯えられたんじゃあな。っていうか、あんな急に現れたら、俺でも怖いよ。しかも、言いたいこと言ってどっか行っちゃうしさ」
ディエゴの言葉に俺も頷いた。なるほど。『ストーカー令息』とは言い得て妙だと納得した。
「まあ、婚約者がタイプど真ん中で尽くしたくなるっていうのは、少し羨ましいかな。そう言えばさ、婚約者関係なくルーベンスはどんな令嬢がタイプなんだ?」
「はあ!?」
「だって、いつも色んな令嬢に囲まれているだろ。婚約者がいても、好みを言うだけなら浮気にもならないし。なあ、教えろよ。ちなみに俺は……」
「瞳が美しい女性だ。彼女以外、俺は考えられない」
ディエゴの話が長くなりそうだったので、それだけ応えて俺はすぐにレポートに取り掛かった。
「はっ!?何だそれ、もっと詳しく!!」
「うるさい。図書館では静かにしろ。追い出されたいのか」
その後もうるさく纏わりついてくるディエゴを無視して、俺はレポートを仕上げにかかった。
数日後学園でディエゴが会わせたい子がいると言って、彼の従妹のリットン侯爵令嬢を連れて来た。
「ルーベンス、従妹のイザベラだ。お前の婚約者と同じクラスなんだって」
「初めまして。イザベラ=リットンにございます。いつもディエゴ従兄様がお世話になっております」
イザベラ嬢は頬を染めてカーテシーをした。
「ああ、確かにディエゴの世話はしているな」
「おいおい」
俺の言葉に、ディエゴは笑っていた。それにしても、何故イザベラ嬢を俺に?
「あの、ご婚約者でいらっしゃるエルフィーネ様のことなのですが……」
「ん?エルフィーネがどうした?」
「クラスというか学年でも、エルフィーネ様は皆さまと距離を置かれていると申しますか…。その、私は何かお力になりたいとは思うのですが、エルフィーネ様には直接近づきがたく、従兄様のよしみでご婚約者であらせられるルーベンス様からアドバイスを頂けたらとこちらに参りました」
イザベラ嬢は健気な様子を装い、俺の瞳を潤んだ眼差しでじっと上目遣いに見てくる。
そもそも名前呼びを許していないのだが、ディエゴが名前で呼ぶから仕方ないのか?
それよりもエルフィーネだ。あいつが孤立するのは別に問題ないと思っていたが、なるほどあまりに独りでいるのも体裁が悪いか。
「そうか、気にかけてもらってすまないな。しかし学年が違うと共に過ごすことも少なく、俺も良いアドバイスが浮かばないんだ」
「左様でございますか……。では、しばらく私の方から日常のエルフィーネ様のご様子をご報告申し上げますので、気付いたことからアドバイスを頂けませんか?」
学園でのエルフィーネの様子。それはそれで少し興味が惹かれた。もしかすると、俺が気付いていないだけで俺を視線で探していたりしているかもしれないと、淡い下心もあった。
「わかった。では、よろしく頼む」
「はい。かしこまりました」
こうして俺とイザベラ嬢は毎日放課後に少しの時間を設け、今日のエルフィーネという話題で話し合った。
そんな姿が水面下で噂になり学園が騒然としているなど、王命での婚約と言うことに胡坐をかいていた俺は気付くはずなどなかった。
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