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ルーベンスから見た婚約破棄の顛末です。
エルフィーネ視点と重なる場面は僅かです。
宜しければお付き合いくださいませ。
俺の名はルーベンス=ブルネック。
父親は元第一王子。世が世なら、俺はこの国の王子になっていたかもしれない。
しかしこの国で一番に優先されるものは、持って生まれた『スキル』だ。
あいにく俺の父よりも叔父である第二王子のスキルが今世国王として適正とされ、父は臣籍降下して公爵になった。
公爵と言えども領地を持つわけではなく、国王陛下の補佐をするために王宮勤めだ。
国王陛下のスキルは『安寧秩序』。国家元首として申し分ない。
対して父のスキルは『裁断』。物事の善悪、正邪を判断して裁きを下す。
国がおかしな方向へ向かないよう、良からぬ輩が跋扈しないよう睨みを利かせるのにうってつけだった。
そしてそこへまた稀有な存在が生まれた。
スキル『心眼』をもつ女児だ。
『裁断』は善悪の判断を行うが、『心眼』は人なら嘘偽りを言っていないか、物ならば模造品や贋作では無いかを見抜く。
父は元々王族である故に問題は無かったが、その女児のスキルは国で保護しなければならなかった。そのため、その女児が生まれてすぐに王家に連なる者との婚約が急務となった。
王子の誰かとという話も出たが、『心眼』持ちは容姿に特徴が出てしまうため外交時にその姿を晒すのは危険と判断され、現王家以外の者ということになった。
そこで白羽の矢が立ったのが、王兄の息子である俺だった。
持って生まれたスキルは『索敵』。ある一定の範囲内において敵または目標を探知するスキルだ。
そこまで珍しいものでは無かったが、王家に連なるだけあって魔力量が違う。本気を出せば王国の半分ほどを探索範囲にすることも可能だし、集約して感度を上げて蟻の子一匹取りこぼさないような探索も可能だった。
王家の血が流れ、膨大な魔力量に優秀な『スキル』、そして守るべき姫がいる。そんな俺は、まるで物語の中の英雄にでもなった気分だった。
俺の婚約者エルフィーネ=ハウンゼン侯爵令嬢と初めて対面したのは俺が6歳、彼女が5歳の時だった。
幼くも愛らしい容姿だったが、彼女の目は所謂糸目だった。
でも彼女は俺がきちんと見えているようで、紅茶もこぼさずに飲むし、一緒に過ごしていても何ら支障は無かった。
婚約者として定期的に交流する場を設け、それなりに関係を築いてきたある日転機が訪れた。
その日はあいにくの曇り空で、彼女の侯爵邸にて二人で過ごしていた。
お互いの好きな本を紹介し合ったり、美味しいお菓子を食べたりして楽しいひと時だった。
すると突然、窓の外が晴天の真っ昼間のような明るさになり、空を割るような大きな音が轟いた。どうやら近くに雷が落ちたらしく、普段は動揺を表に出さない優秀な使用人たちも思わず声を上げていた。
しかし俺は落雷どころでは無かった。雷が落ちる寸前まで俺はエルフィーネの目の前で、彼女に一生懸命自分の好きな本の内容を語っていた。だからこそ、垣間見ることが出来たのだ。普段、彼女がひた隠しているその美しい瞳を。
落雷の音と光に、彼女は驚きを隠せず目を見開いていた。
この世のものと思えないほど美しく光り輝く“虹色の瞳”。俺は即座にその瞳の虜になった。
雷光が収まると共にその瞳は再び閉ざされてしまったが、俺の脳裏に焼き付いた先ほどの光景と感動は生涯消えないだろうと、幼心に思った。
俺は帰宅後も興奮冷めやらず、すぐに父の部屋に行き“虹色の瞳”を見た感動を語った。
父はそんな俺を窘めた。いかにその瞳が他に晒されないように、害されないように護っていくかが俺の使命なのだと懇々と諭された。
ということは、あの瞳は俺のもの、俺だけのものなのだとその時胸に刻み込まれた。
落雷以降、やはりエルフィーネは一度も瞳を開けることは無かった。
俺はそれを少し残念に思ったが、父にも瞳を隠さねばならないと言われている手前、瞳を開けてくれと俺からお願いすることは出来ない。
そこでふと、先日の様に彼女が驚いて自分で瞳を開けることは不可抗力なのだからアリだろうと考えた。
最初はまず、彼女の後ろにそっと近づき急に声を掛けて驚かせてみた。しかし自分が彼女の後ろにいると、もし驚いていたとしても瞳は見られない。
次に、廊下の角に隠れて正面から驚かそうとしてみたが失敗した。箱を開けると物が飛び出すびっくり箱作戦も失敗した。他にも色々な方法で彼女を驚かそうとしてみたが、ついぞ彼女は瞳を開けなかった。
学園に入る少し前になって、『心眼』のスキルの前でそのような小細工は意味が無かったのではということにやっと気が付いた。
とてもがっかりした気持ちのまま、俺は彼女より1年早く学園に入学した。
エルフィーネの前では悪戯などを仕掛ける俺だったが、陰では努力を重ねていた。
俺には特別な姫がいる。その姫を護ることが出来るのは俺だけなのだ。
俺は選ばれし英雄なのだから、知識も、体術も何もかも他に劣ってはいけない。その思いで日々邁進していたら、入学時からずっと学年での成績は同点首位だった。
もう一人の首位はガーランド侯爵家のヴォルフラム。
成績に全く差が無かったため、俺が奴に勝てるものは家柄だけと思っていたが、よくよく周囲の噂を聞いていると何度も婚約解消になっている問題の令息らしい。
奴と違って俺の婚約は王命によるもの。稀少さも重要性も比べ物にならない。
更に奴は令嬢達から嫌われていた。
『ストーカー令息』などという不名誉な異名すらつけられていた。
人望を含め、この学年での実質トップは俺だろう。
学園に入学するまで俺は、同年代の令嬢達とあまり関わってこなかったから気にしなかったが、どうやら俺の容姿は令嬢達の琴線に触れるようだ。
従兄のクラウス王太子と同じ金色の髪にコバルトブルーの瞳、背はすらりと高く全てのバランスが整っているらしい。成績も優秀で、常に周りには人が集まって来る。
婚約者がいることは知れ渡っているが、肝心の婚約者がまだ入学していないためそれとなく令嬢達は俺に秋波を送って来た。
更にそれは、婚約者であるエルフィーネが入学してから一層顕著になったのだ。
これまでは、まだ見ぬ侯爵令嬢ということで皆ある程度わきまえて居たのだが、エルフィーネの姿を見た途端、俺には釣り合わないと侮りだしたのだ。
そうしてエルフィーネは孤立しだした。
しかしその時俺が感じたのは、エルフィーネが可哀そうだとかそういうことではなく、心地よい優越感だった。
後にも先にも俺以外、誰も見ることの無い“虹色の瞳”。エルフィーネの真の美しさは俺しか知らない。
エルフィーネも俺だけに護られていればいい。
それはお互いにお互いを必要とする完璧な関係に思えた。
俺は常時学園全体に高感度の『索敵』を発動して、彼女に危険が及ばないように注意していた。
警護対象をエルフィーネに設定し、彼女に対する物理的な敵意を感知すればすぐにその場に駆け付けられるように気を張っていた。
授業を受けたり必要な課題をこなしながらなので多少は疲弊したが、それでも彼女に傷一つ付けないようにと気を配ったつもりだ。
しかし俺の『索敵』に引っかかるほどの悪意も敵意も無く、拍子抜けするほど学園は平和だった。
エルフィーネが独りでいても、彼女が困っていないのなら俺は満足だったしそのままにしておいた。
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