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四阿で2つの婚約破棄に直面した日からすぐに、私とルーベンス様との婚約は正式に解消されました。
ルーベンス様、いえブルネック公爵令息様が「婚約破棄」と仰ってから、わずか10日あまりのことでした。これはクラウス殿下によるお力添えの賜物でしょう。
あの場では「破棄」でしたが、どちらも立場上禍根を残さないよう王命の解除による「解消」となりました。
更に3日後、ガーランド侯爵家から手紙が届きました。ヴォルフラム様から先日のお礼に伺いたいとのことで、両親は驚いておりましたが特にお断りする理由もありませんでしたので、我が家にお越し頂くことになりました。
「突然の申し出に、快く応じて頂きありがとうございます」
当日は先触れ通りヴォルフラム様と従者の方のみでお越しになり、応接室で父と話した後、私とヴォルフラム様の二人だけで庭でお茶を致しました。
「エルフィーネ嬢と、こうして再び話が出来るなんて嬉しいな。今日は時間をとってくれてありがとう」
先日とは違い、ヴォルフラム様はとても晴れやかな笑顔です。
「こちらこそ、先日はただ少しの時間お話をしただけですのにお礼など、ご丁寧にありがとうございます」
「いや、君のおかげで色々目が覚めたよ。おかげさまで元婚約者とも和解して、スムーズに婚約解消することが出来た。君の言葉がなければ、もっと拗れて余計な時間がかかってしまったかもしれない。何とか相手にこれ以上の瑕疵を与えずに済んだ」
ヴォルフラム様の安堵する様子に、私も少しホッと致しました。
何でしょうか、同じ日に婚約破棄になった仲間意識というものなのか、変な親近感が湧いてしまいます。
「それはようございましたね」
とりあえず、順調のようでしたのでそう応えました。
「それで、その……」
「どうされましたか?」
急にヴォルフラム様が言いにくそうにされました。
「いや、婚約解消の書類を整えて王城に報告に行ったのだが、そこでクラウス殿下にお会いしてだな」
「はい」
高位貴族は特に王命による婚約でなくとも家門の繋がりによる影響力が大きいため、王城へ報告義務があります。
「君のことを相談されたんだ」
なるほど。お互い婚約破棄によって婚約者の座が空席となり、家格も合う上に稀有なスキル持ち同士。王家が考えそうなことです。
「そうですか。では、父を再び呼んで参りましょうか?」
この先の話は私ではなく、侯爵家当主の父が聞く方が相応しいでしょう。
「いや、待ってくれ。ご当主にお話しするよりも、先に君の話が聞きたいんだ。何と言うか、君の考えや気持ちを尊重したい」
「私の気持ち……、ですか?」
「ああ。先日も私の話を聞いてもらってばかりで、結局君の事情を私は知らない。いくらクラウス殿下から話を聞いたところで、当事者の君がどう思っているかなんて誰にも分からないからな。もし君がまだ元婚約者とのことで気持ちを整理する時間が必要ならば、殿下には私の方からうまく言って君にこれ以上負担が行かないように、出来るだけの尽力はしたいと思うんだ。それで、私なりに君への恩返しをしたいと思っている」
ヴォルフラム様の言葉は、いつも嘘がありません。私は経験したことの無い想いが湧き上がり、少しの間言葉を失いました。
「あっ、また私は何か間違えてしまっただろうか。すまない、私はどうも伝えることがうまくなくて」
ヴォルフラム様は慌てた様子で、最後は項垂れてしまいました。
「いいえ、ヴォルフラム様は何も悪くありません。家族以外の男性からここまで丁重に扱われたことがなくて、少し戸惑ってしまいました」
思わず苦笑して話すと、ヴォルフラム様はバッと顔をあげられました。
「何だとっ!君の元婚約者は一体何をしていたんだ?こんなに素晴らしいエルフィーネ嬢を丁重に扱わないなど、同じ男として信じられん!!君はこの国の淑女の中でも特に尊重されるべき存在だ。それをぞんざいに扱うなど……」
まあ、思った以上に熱い方ですのね。しかも、本当に嘘が無いですわ。
「あの、そこまでおっしゃって頂くと、さすがに私も恥ずかしくなって参りますわ」
本当に照れてしまって、ついっと顔を背けました。
「ああ、重ね重ねすまない」
ヴォルフラム様は我に返って乗り出した身を引き、椅子に座りなおされました。
「本当に、数々のお気遣いを頂きましてありがとうございます。先の婚約解消の件ですが、気持ちの整理はもう済んでおります。元より、元婚約者には義務以外の気持ちを持ち合わせておりませんでしたので」
「そう、なのか?」
「はい。私の生まれ持ったスキルのせいで決められた婚約で、当初は良き信頼関係をとは望んでおりましたがそれも難しく、王命であったために解消という選択肢も思い浮かばずにずるずる続いていただけのことでございます」
「なるほど。私の元婚約者たちは皆簡単に解消を申し出て来たから、君は余程相手を気に入っているのかと思っていたのだが、ただ忍耐強いだけだったのだな。……そこもまた素晴らしい」
忍耐強いというよりは、諦めていただけなのですが。それにしても……。
「都度お褒め下さり、恐縮ですわ」
「いや、エルフィーネ嬢はあらゆる賞賛に値する女性だからな。というか、先日君と話していて気が付いたんだ。私は圧倒的に言葉と会話が足りていなかったのだと」
なるほど。それは確かにそうかもしれません。
これまでの婚約期間の話を聞く限り、相手の希望を聞かずヴォルフラム様がしてあげたいこと、すべきと感じていることのみをされている様子でしたので。
そこにお気づきになられたのは、今後においても良い変化になるのでしょうね。
「ところで、実際にクラウス殿下は何と仰せだったのですか?」
ヴォルフラム様は一瞬言葉に詰まった後、目を閉じ一呼吸おいてから真剣な顔で話し出されました。
「単刀直入に言うと、エルフィーネ嬢、君との婚約を打診された。しかしその真の目的は君の護衛だ。国の行く末を左右するような重要な会合において君のスキルは必要不可欠で、そんな君を護るのに私のスキルは打ってつけだからな」
私の『心眼』は、嘘偽りを見抜きます。
そのため特に国家間で条約が取り交わされたり、様々な交渉ごとを行う際に私は侍女の恰好をしてその部屋にひっそりとたたずみます。
そして相手が本当のことを言っているのか、国に不利益をもたらそうとしていないかをスキルで暴くようにしているのです。
「そうですか」
「しかし私はもし君がしばらく婚約などする気は無いと言うなら、それでいいと思っている。婚約者になれずとも、生涯君の護衛でもいいと思ってるんだ。幸い私は三男で、継がねばならない家も爵位も無い。エルフィーネ嬢、どうかこの私に君の身の安全とついでに国益を護る栄誉をくれないだろうか」
国益がついで……?それよりヴォルフラム様の言い方では、まるで私の婚約者になりたいようにも聞こえます。
「ヴォルフラム様こそ、婚約を解消してすぐ国の厄介事の象徴のような私を引き受けて良いのですか?それは、率直に申しますとお人よし過ぎでは?」
少々失礼な言い方ですが、お互いこれ以上失敗も出来ないため回りくどいことは止めました。
「いいや。恥ずかしながら、これまでの私はスキルを遊ばせてきたと言っても過言ではない。そのスキルを本来の力を以て崇高な目的のために使うことが出来るなら、これ以上の喜びはない。それに君は、国の厄介事などではない、国の宝だ。私にとっては至高の女性だ」
真摯な眼差しで見つめられると、これ以上意地悪をして躱すことも出来ません。
「既に十分お聞き及びと思いますが、私のスキルの前に嘘は通用しません。ヴォルフラム様は、本当に真っすぐで嘘偽りのない言葉と想いを下さいます。私も、あなた様のお心にお応えしたく思います」
「それは!?」
ヴォルフラム様は目を瞠った後、喜色を湛えられました。
「ですが、一つお願いがございます」
「ああ、何でもしよう」
「今、ヴォルフラム様の空間へ入れて頂けますか?作業場として使っておられるところでも、どこでもかまいません。見て頂きたいものがあるのです」
一瞬ヴォルフラム様は面食らっておりましたが、空間の算段をつけるように少し考え込まれました。
「わかった。新しく空間を調整しても良いのだが、とりあえず現在空間が安定している作業場にしよう。申し訳ないが、少々雑然としている。かまわないだろうか?」
「もちろんでございます」
お読み頂きありがとうございます。