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「すまない、順を追って確認させて欲しい。まず、教室への迎えはどうだろう?」
「お約束があれば、それはさほど問題ではないかと。ただ空間転移となると、どちらかが待つ時間も全くなく急に目の前に現れるとすれば、かなり驚きますわね」
「まっ、待ってくれ。約束?婚約者なら、毎日迎えに行って送り届けるのは当たり前なのではないか?」
ヴォルフラム様はまさかの衝撃を受けています。
「いえ、私は元婚約者と事前の約束も無く会うことはありませんでした」
「では、贈り物は……」
「う~ん、時と場合でしょうか。例えばご一緒にお買い物などに行かれて、その場で気に入った物に気付いて下さり後日贈って頂くなら、これほど嬉しいことはありませんが……」
何だかヴォルフラム様の顔色がよろしくありません。
「一緒にその品物を見たこともないのに、急に贈られるというようなことが続くと、驚きを通り越して……」
「通り越して?」
「場合によっては、少々恐ろしくもなるやも」
「なっ!?」
出来るだけオブラートに包んだつもりですが、剝き出しでしょうか。
「もしもの時の備えもありがたいですが、さすがに侍女が用意すべきドレスや靴まで出てくるのはちょっと……。自分のサイズぴったりのものをいつでも手に取れるところに、男性がお持ちになっているというのは、些か、何と申しましょうか……生理的に……?」
「いや、皆まで言わずともわかった」
ヴォルフラム様は、額を抑えて完全に俯いてしまいました。
「ああっ、私は何と言うことを。これでは善意の押し付けどころか、ただの嫌がらせじゃないか」
嫌がらせになってしまっていたと気付いて反省できるなら、ルーベンス様よりも見どころがあると思いますが、そこと比べられても何の励みにもならないでしょうか。
「彼女には、誠心誠意謝罪しよう。そして、十分な賠償をしなければ」
ものすごく思い詰めていらっしゃるわ。今も振りでなく、本当に心から仰ってますね。
「ありがとう、君のおかげで色々なことに気付くことが出来た。それにしても、君には情けない姿ばかり見せてしまったな」
ヴォルフラム様はきまりが悪そうに、片手で顔を覆われました。
「大丈夫ですわ。この糸目では、ぼんやりとしか見えておりませんもの」
少しでもお心を軽くしようと、冗談交じりに話してみました。
「ははっ、こんな私に君はやさしいな。しかし本当は頭に着けたその魔道具で全て鮮明に見えているんだろう?」
魔道具に気付かれたことに、私は驚きました。
これは王家が私のためだけに作らせた特注品だったからです。傍から見れば、普通のヘッドアクセサリーにしか見えません。
「その魔道具の最終調整には私も関わっていてね。まさか、装着者が君だとは知らなかったが」
意外な繋がりに、どのような言葉を紡いだものかと私は思わず黙ってしまいました。
この魔道具は2年前私が学園に入学する際に、王家から授けられたものです。
学園以外では常に従者を伴えるため、誰でも手に入る程度の通常の魔道具で視覚を補っておりました。
しかし学園内で従者の帯同は認められておらず、私の安全を確保するためにも、より鮮明に視覚を補えるハイレベルの魔道具を用意して下さったのです。
「それにはかなり高度な魔術式が組み込まれていてね。うまく魔力を循環させるための起動実験を、私の亜空間で行ったんだ。魔道具の魔術式が高度かつ複雑になればなるほど、いざ魔力を流して暴発した際の被害が甚大だからね」
魔術や魔道具のことを語るヴォルフラム様は、先程とはまるで別人のように凛々しく頼もしく見えます。
「そうでしたのね。では私はこうして知り合うずっと以前から、貴方様に援けて頂いていたのですね」
私は感謝を込めて、ヴォルフラム様を見詰めました。といっても、瞳は閉じたままですが。
「いや、私は最終調整に携わっただけだから、そんな大したことでは」
「いいえ、この魔道具には視覚補助以外にも、衝撃軽減のようなものが付与されておりますでしょ?いつも何かに強く当たりそうになると、ふいに空気のクッションのような柔らかな感覚がして傷つかずに済むのです。不思議な魔術があるのだなと思っておりましたが、『空間干渉』のスキルにより付与されたものだとすれば納得ですわ」
私は昨今の疑問が解決して、とてもすっきりした気持ちになりました。
「驚いたな、まさかそれに気付いていて瞬時に私のスキルまで結びつけるとは。君はとても聡明で優秀なのだな」
「ふふっ。聡明で優秀なのは、そんなことを思い付いてやってのける貴方様ですわ。それに、魔道具使用者へのお心遣いも素晴らしいです」
「あっ…ありがとう。差し支えなければ、ヴォルフラムと呼んでくれないか?」
「はい。では私もエルフィーネと」
「エルフィーネ嬢、こうしてまた私と話をしてくれないだろうか」
ヴォルフラム様は背筋を伸ばし、真摯に私の方へ向き合われました。
「ええ、喜んで」
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