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にぶちん令嬢と二つの婚約破棄  作者: アオイ
エルフィーネ視点
2/12

(2)

 イザベラ様の進言の後から、学園内でルーベンス様が特定の女生徒とよくご一緒されているという話を聞くようになりました。イザベラ様からの挑発的な視線も、こころなしか強度が上がった気がします。

 そんな日々を過ごしていると、珍しくお昼休みに学園の中庭にある四阿へ呼び出しを受けました。

 呼び出した主は、婚約者であるルーベンス様。婚約者としてのお勤めはまだ少し先だと思いましたが、拒否できるだけの理由もないためしぶしぶ向かいました。

 四阿は高位貴族がゆったりとお昼休みを過ごしていることが多く、あまり人が近寄りません。先客を見つければ、皆すぐに気を利かせて去って行くので静かなものです。


「うふふっ、ルーベンス様ったら」

 何やら楽し気な女性の声が聴こえます。

 お相手はルーベンス様のようですので、ここで気を利かせて去るということも出来ないようです。

 早く終わらせようと、とりあえず四阿の前に立ちました。


「エルフィーネ、遅かったな」

 時間通り、もしくは5分前なのですが。

「お待たせいたしました、ルーベンス様。で、ご用件はなんでしょうか」

「ふん、可愛げのない」

 苛立たし気に仰いますが、それは嘘ですね。真実は、悪戯前の高揚感……と言ったところでしょうか。

 ルーベンス様の傍らには、件のイザベラ様がいらっしゃいました。

「ごめんなさいね、エルフィーネ様。本日はどうしても私も同伴するようにと、ルーベンス様が仰るので」

 この辺りの真実はどうでも良いのです。ただ、こんなことをしてルーベンス様はどういったつもりなのでしょう。公爵家の醜聞にならないか、そこだけが心配です。

「まあまあ、それはさておき」

 イザベラ様に黙るように視線をやり、ルーベンス様がいつものじとりとした目で私を見つめてきました。


「俺の周りには、こうして魅力的な女性が多くてね。俺の寵愛を恋う女性を宥めるのも大変なんだ。俺は、エルフィーネに一途なつもりなんだけどね」

 にやりと厭らしい笑みを浮かべて、ルーベンス様は私の瞳の奥を見詰めます。

「何とか言ったらどうだ?このまま俺に婚約破棄されたくなかったら、どうすればいいか本当は分かってるんだろ?」

 ようは、目を開けろということですか。そんな持って回った言い方をしなくても、素直にお願いすればよろしいですのに。

 それに、この場にイザベラ様がいては目を開けることなど出来ません。もう、そんなことも忘れてしまいましたのね。

「ふん、強情だな。そんなだと、もうこの婚約は破棄するとしようか。君とは長年婚約者として過ごして来たから、婚約破棄することになってしまって、誠に残念だが」

 婚約破棄と繰り返すたびに、私をちらちら見てきます。おそらく婚約破棄という衝撃的な単語に驚いて、私が目を見開くのを待っているのでしょう。

 しかし、結局は王命による婚約。こんな学園の中庭で簡単に破棄できるものではないということはお互い重々承知の上です。

 そんな冗談のような会話を真に受けて、瞳をキラキラさせているイザベラ様はどうかと思いますが。

「あまりのことに、言葉も出ないか?さあ、婚約破棄を撤回するなら……」

「そうだね。そこまで言うなら、婚約破棄でいいかもね」

 

 ふいに背後から良く通る声が聴こえ、私は振り返りました。

 普段こんな所には絶対にいらっしゃらない人物の登場に、不覚にも一瞬だけ目を開いてしまいました。

「うわぁお、噂通り、美しいね。そりゃ、ルーベンスが執着するはずだ」

「クラウスっ!!」

 クラウス殿下が私の瞳を見たことに気付いたのでしょう。ルーベンス様が悔しさと怒りを交えた形相で怒鳴りました。

 予期しない王太子殿下の登場に、イザベラ様の顔色が悪いです。

 確かに、殿下の前で婚約者のいる男性に侍っているなど最悪の状況です。淑女としての品位は底に落ち、人の醜聞を好む社交界に格好の種を提供してしまいます。


「そうか、このことだったんだね。まあいい。では、その婚約破棄はこの王太子クラウスが見届け人となり、国王陛下に奏上することにしよう。そこのリットン侯爵令嬢も証人になってくれるね」

 有無を言わさぬ笑顔に晒され、イザベラ様はベンチから立ち上がって真っ青な顔で頷かれました。


「ちょっ、ちょっと待て。俺はそんなつもりじゃ……。それに、俺達の婚約は王命によるものでそんな簡単にくつがえされるものでは」

「よく分かっているじゃないか。そこまで分かっているなら、軽々しく婚約破棄などバカげた単語を出すはずなどないのだが。王命だからこそ、王太子である私から奏上するのだ。ルーベンス=ブルネック、お前にはもうエルフィーネ嬢を託しておけぬ」

 国防のためにと、言葉にならない言葉が聴こえた気がします。

 ルーベンス様とクラウス殿下は従兄弟同士です。でも今は従兄弟としてではなく、主従としての話をされています。

「ルーベンス。ブルネック公爵家へ陛下より正式な沙汰があるだろう。リットン侯爵令嬢には、証言を求めることもあるやもしれぬのでそれだけ心に留め置いておくように。エルフィーネ嬢には、教室まで送りがてら少し話がある。行くぞ」

「はい」

 この場で私は従うしかありません。もうルーベンス様を振り返ることもせずに、クラウス殿下の後を追いました。



「急に、すまなかったな」

 四阿が見えなくなると、クラウス殿下が謝罪されました。

「とんでもないことでございます。それにしても、殿下は何故あの場所に?」

「それが……俺のスキル『天啓』でな、この時間この場にと閃いたのだ。まさかあのようなことになるとは思わなかったが。しかし、『天啓』によるとあの場で婚約破棄とした方が後々良いときたのだ。それにここ数年のルーベンスの態度については、ハウンゼン侯爵からも何度か相談を受けていたんだ」


 殿下のスキル『天啓』もまた稀有なスキルで、国王としては最適なものなのです。殿下にとってはもちろん、国にとって何がプラスになるか判断していけるという素晴らしいスキルです。

 ちなみに、殿下の婚約者の方のスキルは『豊穣』というこれまた稀有で素晴らしいスキルで、このお二人の治世は更に素晴らしいものになることでしょう。

 それにしても、お父様にも随分心配をお掛けしていたようです。

「左様でございますか」

「『天啓』のままに権力を行使してしまったが、エルフィーネ嬢はこの結果で良かっただろうか?万が一にも、ルーベンスに心があったのなら……」

 殿下は私を思いやって下さり、それはとても光栄なことですが。

「私はこの結果に大変満足しております。元々王命による婚約でしたが、私ではルーベンス様のお心には添いかねますので。お助け頂き、ありがとうございます」

 私の言葉に、殿下は複雑な表情を浮かべられました。

「こんなことになってしまったが、ルーベンスも悪いやつでは無いのだがな。それより出来るだけ早く、君を護る術をまた考えなくては。ルーベンスのスキルと身分なら、君を護りきれると信じていたが、一部性格に難ありだったな」

 何と返してよいか分からない言葉に、私は苦笑しました。

 でも、我が家に何の咎も無く婚約を解消出来るのならこれ以上のことはありません。



「ひぃぃぃぃっ!!もう、いやぁ~!!」

 校舎内に入ろうと入口に差し掛かったところで、後方から不穏な声が聴こえました。

 殿下が私を庇うようにしながら振り返り、私は殿下の肩越しにそっとその光景を覗き込みました。

「もうっ、そこまでして頂かなくて結構ですわっ!私のことは放っておいて下さいませっ!」

 お一人のご令嬢が、傍らの令息を振り払って逃げようとしています。


「あれは、ガーランド侯爵家のヴォルフラムではないか……」

 そのご令嬢に追いすがろうとされている方が、私より一つ年上のヴォルフラム様です。

 この方も条件だけなら、身分以外ルーベンス様に負けないほどの方なのですが。

「ああっ、誤解だ。君を困らせるつもりなんて毛頭ない。むしろ、君にとって良かれと……」

 ヴォルフラム様は殿下の方を振り返ることなく、おそらく婚約者であろう女性を追いかけて行ってしまわれました。

「う~ん、彼の婚約者も大変だね。まあ同じ男としては、彼にも同情してしまうが」

 実はヴォルフラム様の陰の異名は『ストーカー令息』なのです。

 本当にストーキングをされているのかは分かりませんが……まあ、そのような場面に遭遇したことがないもので。

 なんやかんやありつつ、実は先ほどのご令嬢で3人目の婚約者です。

 何故か、ヴォルフラム様の婚約者は皆さま途中で音を上げて婚約を解消されます。

 そんなにすぐ女性側から婚約を解消出来るなんて、私からすると羨ましい限りです。

 王命ではなく、家門間のみで取り交わした婚約だからでしょうか。


「彼は能力も技術も、それこそルーベンス以上に優秀な……んんっ!?」

 殿下が途中で急に口を噤まれました。

「どうされましたか?」

「いや、『天啓』が発動した。エルフィーネ嬢、すまないが今日の放課後、先ほどの四阿へもう一度足を運んでくれないか」

「畏まりました」


 その後殿下は丁重に私を教室までエスコートして下さり、その様子を見たクラスの皆さまはぎょっとされておりました。

 その瞬間から、私への嫌がらせは鳴りを潜めたことはいうまでもありません。


お読み頂きありがとうございます。

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