オルフェットのおつかいですわ~!!
「ごめんなさいフィアラ様、大変な時にこんな事してもらっちゃって」
誘拐騒動から1夜明け、わたくしはオルフェットと共に皇都へやって来ていました。
厨房に彼の様子を見に行ったら、料理長に頼まれて食材の買い付けに向かう所だったようなのでご一緒することにしたのです。
あんな事のあった翌日とはいえ、同じく帝国に住まう皆様からの信用を少しでも高めたいと思っていた矢先でしたから、オルフェットは申し訳なさそうにするもののむしろ都合の良いお話でした。
「いえいえ~、わたくしも近々皇帝となる身。帝国臣民の皆様方と触れ合う機会は多い方がいいのですからお気になさらないでいいんですのよ~!」
そうオルフェットへ微笑みます。
……実を言うとリゲルフォード陛下にはかなり反対されてしまってはいましたけれど。やっぱり昨日の今日ですし、いくらカトレアとアッシュが付いてきてくれるとはいえ不要な外出をさせたくはなさそうでした。
まあ、それでも最後は御納得いただけたのですけれど。
「……それで、どうして陛下まで僕らと一緒に」
「おっと、今の私はベラスティア皇帝ではなくリグレットだ。彼とは似て非なる別人だからそこを忘れないでくれ」
そして、そのリゲルフォード陛下はわたくし達と同行しているのでした。
わたくしを心配なさっているのか、陛下は自分自身を護衛として連れて行く事を条件に外出を許可したのです。
以前に名乗っていた偽名で身分を隠し、あと皇都ではあまりにも目立つお顔も外套でしっかりと隠してわたくしの背後を守る位置に立っています。
「なあ、あれって……」
「次期皇帝のフィアラだったか……?」
「周りの連中は護衛だろうが……なんだあの怪しいマントの奴?」
「……逆効果ですわね~」
陛下、もといリグレットの格好は皇都の中では悪目立ちしているようで民衆の視線を集めてしまっています。
最近の皇都は何かと騒乱が起きていますから、皇帝陛下のお膝元でしっかりと素性を隠す行為は不審そのもの。……まあその皇帝陛下御本人ではあるのですけれど。
だからって素顔を晒してしまえばもっと騒がれるでしょうから、それを考えれば大したことはない、と思う事にしました。
「……こう視線が集まってると、なんか狙われてるみたいで落ち着かないなあ」
「こ、怖い事言わないでくださいまし~! オルフェットだっているんですから~……」
「わっ、フィアラ様!?」
カトレアの呟きに、思わず彼の事を抱き上げてしまいました。
確かに、明らかに今のわたくしは注目の的。ただ興味を引いているだけかもしれませんが、この中に害意を持った方が紛れていないとも限りません。
なのでオルフェットが逃げ遅れたりしないように、と抱っこしたのですけれど……。
「!? 急にガキを抱えた?」
「あれは護衛とかじゃなかったのか……?」
「あの子が歩き疲れたのかな、優しい~」
こちらの一挙手一投足を観察され、民衆の勝手な推測が飛び交うのが聞こえてきました……が、なぜか好意的な憶測が多いようでした。
まったく事実に即していないのが気になりますが、まあ悪い勘違いでないのならこのまま少し利用させていただきましょう。
「よいしょっと」
「あっ、いいなー。フィアラさん、私も」
「流石に2人は無理ですわ~。……オルフェット、このままお店まで行きますわよ~」
「えっ、なんでですかフィアラ様!?」
「その~、いつもお仕事を頑張っていますし、たまには楽をさせてあげようかな、と~」
急に抱えられたオルフェットは困惑していましたけれど、それらしい理由を付けてあげると納得したのか頷いてくれました。
「そうなんですか? ……でも僕、そんなに大変というほどでも。今日もダルクバルクさんからお小遣いをもらってきちゃってるので」
「ま、結構多い~」
「……あの料理長、やっぱりお前の事死ぬほど甘やかしてるんだな」
買い出しのお金とは別途に渡されていた袋の中には、お小遣いと呼ぶには少々桁違いの額が納められていました。
アッシュの呆れ声と、リグレットの驚きの声が上がります。
「おお、これだけあれば皇都随一のレストランで全員で食事をしても釣りが来るな」
「陛下……じゃなくてリグレット~。そのレストランってもしや、お城の近くの~……?」
「知っていたか。フィアラも元より皇都住みだったから利用していても不思議ではないが……折角だ、今日の昼食はそこで取るか。ロズバルトにも教えてあるんだが、あそこは魚の調理が見事でな」
「皇帝さん、そこはしばらく休業になりましたよ」
「!? な、なんと……」
リグレットはカトレアの言葉にショックを受けます。この様子だととても気に入っていたのかもしれません。
休業になったというか誘拐犯を炙り出すために文字通りカトレアが炙っちゃったので営業できる店内でなくなってしまったというのが正確なのですが……どちらにしてもしばらくお休みなのは一緒ですし、補足はせずともよいでしょう。
「ま、まあそこは所詮寄り道だ。……悲報は悲報だが、まずはオルフェットに課された仕事をこなす事を優先しなくてはな」
「ええ、そうですわね~」
お気に入りのお店の臨時休業から立ち直り、陛下は本筋へと話を戻しました。
「いくらオルフェットに甘い料理長さんとはいえ、食材がきちんと買ってこられなければ流石に大目玉でしょうからね~」
「……姉さん、今僕の頭の中でなあなあで済ませてるダルクバルク料理長が鮮明に思い浮かんだんだけど」
「……想像に難くないですわね。それでもオルフェットはきちんとできる子であるのを証明したいですし、お買い物はきちんと終わらせませんと~!」
不思議と様々な方から愛されやすいオルフェットですが、それに甘えて雑なお仕事をさせてはいけません。彼の為になりませんし、なによりそれでいいと彼に思ってほしくもありませんから。
というわけでわたくし達は衆目の視線を浴びながら食材を求めて各お店を回っていくのでした。




