誘拐ですわ~!!
「ん、んん~……?」
ぼんやりする意識がだんだんと覚醒していき、目を醒ました時には周囲は真っ暗になっていました。
閉店後もずっとレストランの中で眠ってしまったのかと思いましたが、遅れて立ち上がれなくなっているのに気が付きます。
椅子には座っていますが、両腕が背もたれに絡められた状態で手首のあたりを縛り付けられているのか動かす事すらできません。
両足も椅子の足と共に縛られていて、完全に拘束されているのだと把握しました。
「ロ、ロズバルト~? 近くにいらっしゃいますの~……? ……ロズバルト~!?」
暗い室内を見回し、直前まで一緒にいたはずの彼の名を呼びますが返事はありません。
カトレアやアッシュが現れてくださるかと思いましたがその気配もなく、どうやらこの場にいるのはわたくしだけのようです。
「カトレア~……アッシュ~……? ……本当に、誰もおりませんの~~!!?」
「煩い、静かにしないか!!」
何も見えない中身動き一つ取れない体勢で縛られている事に段々と恐怖が増していき、大きな声で呼びかけました。
すると、すぐ近くで怒りの声が。ちょっとびっくりしましたが人がいると分かって安心します。
「良かった、わたくし1人ではありませんのね~。……なんてホッとしてる場合じゃありませんわ~!! 誰ですの~~!!??」
「静かにしろと言っているんだ!!」
誰何の声にイライラした様子で、何者かは灯りを点しました。
真っ暗なお部屋にカンテラの光が現れ、声の主が姿を見せます。
それは見覚えのある人物でした。先程のレストランのウェイターの方だったと思います。
制服ではなく全身を包む外套を纏う彼は苛立ちを隠しもせずにこちらを見下ろしてきました。
「あら、先程のお方~。……と、後ろにいらっしゃる方々は~……?」
部屋の中でわたくしを見てきているのはその1人だけでなく、大勢の方がいらっしゃいました。
いずれも美しい顔立ちで、若者からお年寄りまで10人は超えるであろう数の男女が例外なくわたくしに敵意を持った視線を送ってきます。
「見れば分かるだろう、お前に恨みを持つ者たちだ」
ウェイターの方はそう言い捨てます。
歓迎の雰囲気でない事は分かっておりましたのでなんとなくそんな気はしていましたが、皆様はわたくしに何らかの怨恨を抱えていらっしゃるようでした。
「理由は言わなくても理解しているな?」
「申し訳ないのですけれど~、分かりかねますわ~」
「……っ! ふざけるなよ……!!」
レストランでの態度が嘘のようにその顔を歪ませ、彼は乱暴にわたくしの頭を押さえつけるように掴んで睨みつけてきます。
「お前のその行いで! 我らの埃がどれだけ踏みにじられたのか知りもしないというのか!!」
「あ、ううっ……」
怒りで力の籠った手は常人の握力を遥かに超えていて、ミシミシと嫌な音が頭からして、そのまま握りつぶされてしまうのかと思うほどの痛みで呻き声が漏れました。
ですがそうなる前に彼は手を放し、離れた位置でわたくしを睨む方々の前に歩いていきます。
「――我らはヴァンパイアの一族、我らの偉大なる王ラトゥ・ノトリアス・フェリアス様に仕える者達だっ!!」
「……この力、疑うまでもなく真実なのでしょうね~……」
ゆっくりと呼吸しながら頭部の痛みを堪えます。あと僅かに力を込められていたら、わたくしの頭は見るも無残な姿になっていたでしょう。
そして高らかに明かされた事実を語るウェイターの方の口からは、ラトゥにもあったような鋭い牙がちらりと覗きました。
彼らは間違いなく、ラトゥの支配していた国で暮らしていたヴァンパイアの生き残りのようです。
「ということは、皆様お怒りなのは彼の事、ですわよね~……」
その確認には鋭い眼と共に肯定が返されました。
「そうだ、ラトゥ様にかけられた封印の解放を察知し、我らはこの地に集結した。再び我らが王と共に、ヴァンパイアのための国を作り出すために!」
「だというのに……貴女のせいで私達の悲願は水泡に帰した!!」
ヴァンパイア集団の中からわたくしの所業についてが挙げられます。
特にラトゥへ何かをした覚えは無いのですが……それでもどこに対して憤怒しているのかはなんとなく分かりました。
「それはその~……やっぱりラトゥがわたくしに従属してしまった件について、でしょうか~……?」
「分かり切った事を! 魔力の消耗したラトゥ様の弱みに付け込むなど……!!」
歯ぎしりと共にヴァンパイアの女性が体を震わせました。
バッチリ正解だったようです。わたくしの方から仕掛けたわけでもないのですが、やはりヴァンパイアという種族からすると許しておけない行いなのですね。
「いえ~、ですがそれってラトゥの方から~」
「知った事か! それだけでなくお前は仲間と共に我らの王で玩具のように遊んでいるのを知っているのだぞ!!!」
「えっ!? ……い、いえ~、そんな事は~」
「しらばっくれても無駄だ、我らはお前が皇都に入り込んだ時点で監視を常に付けていた。……城内での王に対する所業、全て周知している」
彼が目覚めた時にちょっぴり遊んでしまった事もあるのでついしらを切ったのですが、そこは別に関係なかったようです。
どうやら主にお城の中でのラトゥの扱いに憤慨していたみたいですね。まあ仮にも王様だったのに、各所の偵察だなんて雑用のような事とかもさせていますからね……。
……もしかしてラトゥがお城で見かけた外套を纏った不審者って彼らの事を指していたんでしょうか。
「我らの王を犬のように扱うお前の仲間、到底許してはおけぬ……!!」
「犬だなんて~! 陛下もカトレアも犬にはもっと愛ある接し方をするはずですわ~!!」
「ならラトゥ様は犬以下か!? より我慢できんわ!!!」
ごもっともでした。
「……そして王を嬲り嘲る者達を従えるフィアラ、お前の事も我々は決して許しはしない。貴様のような者が皇帝になるなど、もってのほかだ」
そして、部屋中の視線がわたくしの戴冠へ異を唱えてきます。
彼らの矛先はラトゥでよく遊ぶ陛下はカトレアだけでなく、従属させてしまったわたくしの方へも向くのでした。
「……では、この場でわたくしを殺し、ラトゥの従属を解くために誘拐をしたのですね」
「なんだ、自分の置かれた立場くらいは理解しているのか」
ここに来て彼らの目的が見えてきました。
レストランで薬を盛ってわたくしだけをこんな場所に監禁したのは殺害の邪魔が入らないようにするためでしょう。
カトレアとアッシュがいないタイミングを狙ったのかは定かではありませんが、彼らにとっては千載一遇の好機だったに違いありません。
あの2人にすら気付かれずにわたくしがここに攫われて来たのなら、絶体絶命というほかにないですもの。
「とはいえただ殺すだけではつまらん。新たなる皇帝の死には、相応しき者が立ち会うべきだろう?」
「……? どういう事ですの~?」
死を覚悟したわたくしに、気になる言葉が続きました。
意味のわかっていないわたくしを嘲りながら、ヴァンパイア達は笑います。
「お前を殺す瞬間を、我らが王にもお見せして差し上げるのだよ」




