ベラスティア、玉座にて
「――婚約の解消だと?」
ベラスティア帝国皇都にそびえる城で、皇帝リゲルフォード・トーチャー・ベラスティアは自身の前に跪く男の言葉を聞き、我が耳を疑った。
「はっ。我が娘フィアラはやはり、陛下の御身を守るに能わず、したがって伴侶にも相応しくない。私は妻と共にその結論へ至りました」
「……」
跪くのはリズモールを祖先に持つアルヴァミラ家の現当主、ラグレイズ・リズモール・アルヴァミラである。
彼は今しがた自らの娘であるフィアラをアルヴァミラの家から追放し、リゲルフォードとの縁談もなかった事にするとの報告を終えた所だ。
全てを聞き、そして簡潔に纏められたそれを聞かされてなお、リゲルフォードには納得のいかない話であった。
「……なぜ、今になってそんな事を」
「私共も、このような報告を陛下にお聞かせしたくはありませんでした。ゆえにフィアラの持つ魔力が高まるのを待ち続けたのです。……ですが、それは無意味だったと今になって気付いたのです」
彼の婚約者となるはずだったフィアラ。その有する魔力は魔術師としては致命的なまでに低い。
それ自体は普段からリゲルフォードもそれとなく聞かされてきた。城下でも密かにそんな噂が広まっているのも彼は知っている。
アルヴァミラ家の者に期待される役割が皇帝の身を守る事である以上、魔術師として花開かなかった彼女が放逐されてしまうのも仕方のない事だろう。
頭の中で、リゲルフォードもそういった結論を出してはいる。
だが、彼の思考とは関係なしに、彼はラグレイズの元へ足音を立てながら進み、乱暴に跪く彼の胸倉を掴んで立ち上がらせた。
「無意味だと! なぜ勝手にそんな結論を出した!」
「っ、まるで成長していなかったのです、どれだけ待っても、訓練を施しても、あれには魔術を使う才能が芽生えませんでした。陛下に御覧いただいた時から何も変わっておらんのです!」
「知るか! ならば俺の下で開花の時を待たせてやれば良かったのだ!!」
激怒するリゲルフォードは幼少の頃にアルヴァミラの家で魔術の特訓をしていたフィアラを密かに見に行った時の事を思い出す。
その時の彼女はどれだけ力を込めても小さな火を熾す事すらできず、しまいには昏倒してしまった。
ラグレイズが言う通りにフィアラの魔力がその程度のまま伸び悩んでいるのだとしたら、彼の身を守る役目など果たせないだろう。
だが、リゲルフォードはそれならば役目を逆転させればいいだけだ、と考えていた。
若くして皇帝の座に就いた彼は強い。今はラグレイズが彼の警護役であるが、それも不要なほどには力がある。
「魔術師としての適性が何だというのだ! フィアラと会う度、お前が俺にフィアラの話をする度に募っていった俺の恋心はどうしてくれるつもりだ!!」
「……!」
皇帝の言葉にラグレイズは声を失う。
そう、リゲルフォードはフィアラの事を痛く気に入っていたのだ。
魔術が使えずとも彼女の良い部分を彼はよく知っている。彼女の父からもその話は聞くし、皇都で偶然に見かけた時も弟に良くしてやっていたのを見た事だってある。
フィアラ・リズモール・アルヴァミラは人として素晴らしい。だというのに、それがただ魔術が使えなかっただけで容易く身内から斬り捨てられた事実にリゲルフォードは憤慨している。
「……娘と代理としてアッシュのお目通りを、と考えておりましたが、そんな訳にもいかぬ雰囲気にしてしまいましたか」
「フィアラの弟か。構わん、お前にはまだ言いたい事はあるが、それはそれとして存分に可愛がってやる」
皇帝の想いを知らずに身勝手な事をしてしまった。ラグレイズは今更ながらにそう後悔する。
フィアラの弟の名を聞き、そこでようやく冷静になったのかリゲルフォードは怒気を静めてラグレイズから手を離した。
そして、そのまま彼は部屋から立ち去ろうとする。
「……陛下? どちらへ」
「決まっているだろう、フィアラを探しに行く」
平然とリゲルフォードはそう言い放つ。どうやら、冷静になったのは表面だけのようだった。
「っ!? なりません、ベラスティアの皇帝ともあろう者が――!」
「分かっている! 探すのは俺ではなく、『リグレット』だ」
大国の皇帝が1人の少女を捜索するために動くなどあってはならない事。
だからこそラグレイズは立ち上がり彼を止めようとしたのだが、その対応を予測していたのか、皇帝が出したのは自身とは別人の名であった。
ラグレイズの顔は渋いものであったが、それ以上は何も言い返しはしなかった。