謀略の影あり、ですわ~!!
「結局、ラトゥには会えませんでしたわね~」
お部屋に運ばれて来た食事に口を付けながらわたくしはこぼします。
オルフェットの様子を見たのですから、折角ですしラトゥも何をしているかとしばらく城内を探したのですが、見付ける事はできませんでした。
「密偵役なわけだからね。1か所でじっとしてるって事もないし、仕方ないよ」
「そうですわよね~」
アッシュの言う通り、城内は広くオルフェットのように特定の場所で働いている訳でもありません。姿を見られなかったのも無理はないでしょう。
「そもそもちゃんと聞き込みとかできてるんですかね……。目立つし声大きいし、あんまり向いてなさそうだなって思うんですけど」
「確かに~……。迷わずお城を歩けているのでしょうか~?」
ラトゥはどちらかといえば戦う方が得意な方です。ヴァンパイアの王というだけあって力を取り戻した今の彼は相当の実力を持っていますから。
道が分からなくなってお城の壁に穴を開けて新たなルートを開拓していたりしないか心配です。一応わたくしの方からも「目立たず、陛下から託された役目を果たしてください」とお願いしているので、おかしな事はしていないかと思うのですが……。
「……それにしても、僕達ここで食事なんてしてもいいのかな」
ラトゥがどうしているか考えていると、アッシュがふと思い出したようにそう言いました。
今わたくし達がいるのは皇帝専用のお食事部屋です。金の装飾が施された真っ白くて大きなテーブルをわたくしとカトレアとアッシュの3人で囲んでご飯を食べています。
陛下とロズバルトはまだ戻ってきておらず、オルフェットも料理人としての仕事をダルクバルクさんから教えていただいているのでここにはいません。
「そんなに不安そうな顔しないでくださいな~。陛下が許可してくださっているんですから、心配する必要ありませんのよ~」
落ち着かない様子のアッシュを宥めてあげます。
彼は心配していますが、ここで夕食を食べているのは陛下からの指示があったからでもあります。
ロズバルトと共に別れた直前、「フィアラも近い内皇帝になるんだから」とあらかじめ教えていただいていたのです。
「お、落ち着かない……」
「でもアッシュ君って皇帝さんの護衛みたいな感じだったんですよね? 一緒にご飯くらい食べたりしたんじゃないです?」
「できるわけないでしょそんな事! 部屋に入った事はあるけど、同席なんて……。今までの陛下の印象だったら、考えもできないよ!」
「あら~、でしたら最近の陛下なら~?」
「……向こうから誘ってきそうだなとは思ってた。姉さ……じゃなくて、共通の話題があるから」
「ふふっ、やっぱりアッシュ、陛下とすごく仲良くなっていらしたのね~」
彼の言葉に、わたくしは思わず微笑みました。カトレア達と一緒に反乱軍で色々やっていた間に、陛下との交友を深められていたようです。
あまりわたくしに対する態度と差が無いあたり何かあったのでは、とは思っていたのですけれど、それほどまでに親しくなれた話題って何なのでしょう?
「で、アッシュ君。その共通の話題ってどんなのです? 私気になるなー」
「……分かってて聞いてるよね。絶対言いたくないんだけど」
「まあまあそう言わないで。ほら、お姉さんも聞きたがってますよ?」
にこやかにわたくしを見るカトレアに、アッシュは渋い顔をしています。
気になるのはその通りですけれど、この感じだとあまり話したくない事なのかもしれません。
「……大丈夫ですわ~。ちょっぴり気にはなりますけれど、アッシュが言いたくないのでしたら」
「――いいよ、折角だし。別に隠すほどの事でもないからね」
一転、アッシュは話す気になったようです。絶対言いたくないとまで仰ったのに、どんな心境の変化でしょう。
カトレアの方は早速顎の辺りで手を重ねてワクワクしながら続きを待ち始めます。
「いいんですの? 聞かせたくないお話だったのでは~……」
「よく考えたらそこまで隠すほどの事でもなかったし。食事がてら言うよ」
「わー楽しみー。いったい誰の話が聞けるのかなー」
「……フッ。誰って、それは当然カトレアさんの話だけど?」
笑いながらアッシュはカトレアを見ます。反対に、いきなり自分の名前を出された彼女はきょとんとした顔になっていました。
「……はい? 私? なんで?」
「なんでって、そんなの姉さんの事を守ってる炎の魔術師なんだから話題くらいにはなるでしょ。元々僕が渡した指輪で召喚したんだし、その対処法とかを陛下と話し合ったりするのは普通でしょ?」
「ああ~……。アッシュと陛下の共通の話題って、カトレアの事でしたのね~」
言われてみれば納得です。わたくしが契約を交わした彼女とはアッシュも陛下も対峙した事があります。
その圧倒的な力に2人は撤退を余儀なくされ、その後にはきっとカトレアの対策について話し合った時もあったのでしょう。
つまりアッシュが陛下と親しくなれたのは、共通の強大な敵の登場によるものが大きかった、という事になります。
「えー……。いいですよ私の事は。そんなのよりもほら、もっとあるでしょう?」
「……さあ、僕には何の事か。陛下とカトレアさんの話で盛り上がった事はあるけど、他は心当たりないかな」
「むううう……」
なぜかカトレアは不満そうですが、それはそれとしていいお話が聞けました。
2人の仲が深まったのは、カトレアのおかげでもあったのですね。
「あら? でもその前からアッシュは陛下と距離感が近かったような~……」
「――おお、なんだフィアラ、こんな所にいたのか」
首を傾げた時、ドアが開かれて見覚えのある顔が入り込んできました。
全身を外套で包んだラトゥです。
「あ、ラトゥ~! お帰りなさいませ~!」
「うわ、お前もしかしてその恰好で城を歩き回ってたのか……?」
「当然であろう、我は目立たぬよう動けと命令されているのだからな!」
「むしろ目立ったんじゃないですか。お城の中で顔なんて隠したら明らかに不審ですし」
彼の装いにアッシュとカトレアは散々です。日光を避けるためという目的もあったのでしょうが、確かにこれでは怪しさが勝ってしまいますけれど。
ですがラトゥはそんな反応を何とも思わぬ様子で、フードを頭から剥がしながら不敵に笑っていました。
「クックック……。我を馬鹿にしていられるのも今の内だぞ? 驚くがいい、我は今日1日城中を隅々まで回って衝撃の情報を掴んできたのだッ!!」
「衝撃の~……!? いったい何を聞きましたの~!?」
もしやとは思いますが、既にわたくしを玉座から引き離すべく活動している方の活動を掴んだりしてくれたのかしら。だとしたら彼の事は褒めなくてはいけません!
「なんと、この城の周辺で顔を隠し、こそこそとうろつき回る者を見たという話が至る所で囁かれていたのだ!!!」
「……。そうですのね」
「お前だよ……」
「フィアラさん、やっぱりこいつ向いてないと思います」
「なっ、なんだその反応は!? 不審者を発見したのだぞ我は!!」
外套を纏いフードで顔を隠して城を回っていたというラトゥが冷ややかな反応に納得できないのか声を張ります。
流石にここまで分かりやすく怪しい格好で城内に忍び込む者が複数いるとは思えませんので……どう考えてもラトゥです。
成果ではありませんけれど、彼が陽が沈むまでずっと頑張ってくださっていたのは認めます。
「……明日も頑張りましょうね、ラトゥ」
「フィアラ! なぜ我をそんな目で見るのだ!? どういう意味がこもっている!?」
不慣れながらも、みんなわたくしの為に尽力しているのが確認はできました。
彼らの努力を無駄にしないよう、わたくしもしっかりと戴冠を果たしてみせると改めて思うのでした。




